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僕は明日、五歳の君とデートする(B)

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「あ、いえ。私はあと十五年待つ覚悟をしていますから大丈夫です。それより帰ってくる愛美は……愛美さんは……、本当に辛い思いで帰ってきますから、何とか元気づけてやって下さい。お願いします」
「私はその役割をしたくなくて、文月さんに来てもらったのかもしれないですね。……はい、私も覚悟を決めます。伯父としてできることなんか限られていますけど」
 港さんが吹っ切れたような顔を見せた。港さん以外にこの役を果たせる人はいない。
 それから暫く、港さんから現状での異世界移動について聞いた。
 リングの正体はまだつかめていなかった。しかし、その性質については新しい発見がなされていた。
 その中でも一番重要だったのは、電磁パルスを掛けながらリングに入った場合、一度パルスを止めて再度掛ければ本人の意思や、向こうの世界でのいる場所に関係なくこちらの世界に戻って来るという性質だった。
 しかも戻すときは入ったときと同じ周期のパルスでなければならないので、これを利用して周期を変えることで選択的に戻すことができる。
 一般の旅行客の異世界での滞在は二十四時間毎、最大で四十日に制限されていた。出発して二十四時間経過するとその人が入ったときの周期のパルスで強制的に一度戻される。そして休憩や着替えなどをしてもう一度リングに入れば異世界の前日に到着することになる。これは長期間連続して異世界に滞在することによる因果律への影響をなくすための措置だった。
 機構職員にはこの制約がなく、業務に応じて何日も連続して滞在することが可能だ。
 同時に、旅行者には十八歳以上という年齢制限と異世界に行く前に教育を受講することが義務付けられていた。
 これは愛美の家族でのテスト結果を受けて法的に決められていた。
 十歳と十五歳の愛美が向こうの世界で僕に会えたのは、因果律に影響を与えないためという正当な理由で港さんが権限を行使したからだった。
 そんな話をしているうちに、愛美が戻って来る時刻が近付いてきた。
「お願いがあります。愛美が戻って来る様子をこの部屋のモニターで見ていてもらえませんか」
 僕はこちらに来てから会うことは勿論、十代の愛美の写真すら見たことがなかった。その後女優になった愛美をテレビやスクリーンで何度も見ることになるのだが、その時点では二十歳のときに向こうの世界で撮った写真を何枚かしか持っていなかったのだ。
「さっき覚悟を決めると言いましたが、やはり荷が重い。文月さんがここで見てくれていると思えば、愛美に対して今は辛いだろうけれどまた南山さんに会えるから頑張れという気持ちで接することができると思うのです。副理事長の職にありながら情けない話ですが、姪を思う伯父の気持ちに免じて引き受けてもらえませんか」
 そこまで言われて否はない。港さんも辛いことがよく分かる。
「分かりました」
「こんな身勝手なお願い申し訳ないです」
「いえ。港さんには私がこちらの世界に来るという身勝手を実現してもらえたのですから、それに比べれば簡単なことです」
 港さんは何度も頭を下げて部屋を出て行った。それからモニターにリングが映し出された。
 戻ってきた愛美をどう表現したらいいのだろう。憔悴しているような、それでいて満足感に溢れているような、不思議な表情を見せていた。
 港さんが愛美の肩を抱いて何か話しかけていた。愛美はそれに何度も何度も頷いた。
 そのとき僕はモニターのスピーカーがオフになっていたことに気付いた。慌ててボリュームを上げると愛美の声が聞こえてきた。
「港伯父さまありがとうございました。私は私の運命の人を一生懸命、全力で愛してくることができました。伯父さま、褒めてもらえませんか。お願いです、私を褒めて下さい」 そこには、あの泣き虫の愛美がいた。
 目を腫らして涙を流しながら、それでも精一杯胸を張って自分がしてきたことを誇っている。
 港さんは愛美の頭を撫でながら「よくやった。よくやった」と何度も繰り返していた。
 僕はそれを見ながら、あの部屋に飛び込んで行きたい衝動を堪えていた。僕がそれをしたら愛美の努力が無駄になる。強く噛みしめた歯で口の中が切れたのが分かった。

(B6)

 台本が届いた。
 読んでみて驚いた。原作とかなり違う内容になっている。
 主人公とヒロインはそれぞれ別の世界の住人だ。これはでまるで私と高寿の話だ。
 私はすぐに高寿に電話した。
「ね。台本読んだけど、あれどういうこと? 基本設定が違ってるじゃない」
「あの小説は元々そういうストーリーだったんだよ。でもそのまま出したら愛美が何か気付いてしまうかなーって思って、書き直して出版したんだ。もうその心配がないから映画では元に戻しただけ。こっちに来たすぐの頃からずっと愛美のことを考えながら書いた作品だからね。お気に召さなかった?」
 むぅ。そう聞かれたら気に入らないなんて言えない。
 でも台本では恋愛の描写部分が原作よりも濃くなっている印象がある。いいのかな。高寿はそれでいいのかな。
「あれ? プロの女優さんが何を仰いますやら。それにあの主人公は僕なんだから妬いたりしないよ」
 あー、言ってくれる。
「それとね。異世界から戻ってきたときに出迎えた伯父さんに『褒めて下さい』って言うところ、あのセリフは」
「僕はあの場面を見ていたんだ」
「えっ!?」
「港さんから頼まれてね。僕は愛美が口にした言葉の中で、あれが一番好きなんだ」
 えーー。それはちょっと、というかかなり恥ずかしいかも。そうかあ、あのとき見ていてくれてたんだ。でもね。
「ずるい!」
「何が?」
「だって、見てたなんて知らなかったんだもん」
「可愛かったよ」
 う。そういうことを言っているんじゃないんだけど。
「分かりました。私は自分の実体験を参考にして演技します」
 何だかもう、何を言っても高寿には敵いそうにない。気持ちの上ではあの二十歳のときのように同い年のつもりなんだけど。
 私達は映画の撮影と公開が一段落したら、二人の関係を公表するつもりでいる。
 異世界で知り合ったことは色々障りがあるので伏せることになった。私が何度も異世界に行けたのはあくまで特例なのだ。
 私の五歳から高寿の五歳までの三十年間の出来事は限られた学者さん達の間であまりに興味深い事象として研究の対象になっている。
 因果律で見たとき、何が因で何が果なのか説明不能なのだそうだ。
 その説明ができるようになって学会で発表されたら、私達の本当の関係を世間に公表することがあるかもしれない。
 だけど私は理論で説明されることはないだろうと思っている。
 私達二人は時空間の不思議に導かれて出合ったのだから。(B了)