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僕は明日、五歳の君とデートする(B)

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「いいえ、すぐには会いません。私はそちらの世界で三十年待ちたいと思っています」
 僕が愛美の世界に行けたとしても、愛美が五歳の僕を救うまで会うことはできない。僕と会っていたら愛美はあんな表情は見せなかったかもしれないのだから。
「三十年……。では、行ったきりでこちらの世界には戻らないと」
 港さんは信じられないものを見るように僕を見つめた。
「そうしたいです。あ、でも、無理です。気にしないで下さい。そちらの世界では、明日愛美さんを救った後の僕のこともご存知なんですよね。そんな僕がこちらの世界からいなくなったら因果律が変わってしまうでしょう」
 一瞬で思いついたことだったが、因果律を考えると不可能だ。いつか、港さんから愛美に僕のこの想いを伝えてもらうだけでいい。それでいいと思った。
 足立さんが大きく息を吐いた。よほど安心したのだろう。でも、港さんは緊張した面持ちのままだった。
「いえ、南山さんが本気であればできるかもしれません」

(B4)

 どのくらいの間抱き合っていただろう。
 つい先日五歳の高寿に会ったばかりとは言え、大人の高寿と抱き合うのは十五年振りだ。私達は彫像のようにじっとして、お互いの体温を感じていた。
 そのうちにどちらともなく笑い出していた。
 笑って笑って笑って。笑い疲れて手を離して。それでも笑った。
「色々説明してもらいますからね」
「ああ、いいよ」
「まずね、どうやってこっちに来たの?」
「君の港伯父さんに手引きしてもらった」
「それはいつのこと?」
「三十年前」
 あ……。
 高寿の言い方は何を飲むと聞かれてコーヒーと答えるような軽さだった。でもその軽さとは裏腹に、告げられた時間は想像を遥かに超えて長く重かった。
 高寿は私を爆発事故から救ってすぐにこちらに来ていたのだ。
「僕は愛美に会える今日をずっと待っていた。因果律に影響を与えてしまうから愛美が五歳の僕を救うまで会うことができないからね」
「三十年なんて長すぎるよ。辛すぎるよ」
「ううん。僕はあの四十日の間愛美にだけ辛い思いをさせた。それを知らないで楽しくて幸せな時間を過ごすことができた。あの時の愛美の辛さに比べたら、三十年なんてまだ短いと思う。これが僕の償いだと言えば格好良すぎるかもしれないけれど、希望のある三十年は辛くはなかったんだよ」
 高寿はあの五月の日差しと同じ明るい笑顔でそう言った。だけど家族も友達もいない世界にたった一人で、それが辛くなかったはずがない。
 五歳で高寿に会ってから三十年。私が辿ってきたその同じ時間を、こうやって私に会うためにずっと。
「ごめんなさい……」
「愛美が謝ることは何もないだろ。むしろこんなおじいちゃんになった僕の方が謝らなくちゃ」
 私は五歳のとき三十五歳の高寿を自分の運命の人だと思った。だから年の差なんか最初から関係ない。何歳であっても高寿が私の恋人なんだ。


(B5)

 港さん達の調査では、愛美を救った後の僕の情報がまるでというくらい見つからなかったそうだ。それは緊急事態で調査する期間が殆ど無かったせいもあるが、実際にその後の僕は失踪したかのように綺麗さっぱりいなくなっていた。
「それが何を意味するのか、私達にも分かっていませんでした。でも南山さんのお気持ちを伺って理解できました。いいですか。あなたがこの世界からいなくなることが、因果律を守るということなのです」
 勿論、そんな簡単にいなくなることはできない。
 そのとき僕は両親を既に亡くしていたので家族の問題はなかった。
 友達には「愛美のところに行く」とだけメールした。これは死ぬという意味ではない。あの四十日のあと、愛美がいなくなったことを説明するために「愛美は外国に行った」ということにしていたのだ。勿論、それを信じるやつはおらず、僕が振られたということになっていたのだが。
 仕事の先関係には事務所の社長から適当に言ってもらうことにした。蒲田君には申し訳なかったが、彼女はしっかり新しい仕事をやるだろう。
 僕は港さんに向こうの世界でのとりあえずの住居の手配をお願いした。それと、どうしても戸籍が必要だった。港さんがどういう手を回したのか知らないが、文月博武という戸籍を用意してくれた。
 それまでに稼いだささやかな資産は全て現金にして、新しい世界の通貨と交換してもらった。港さん達にとっても、活動資金を入手できるいい機会だった。
 といっても全額を交換したのではない。これも当座の生活に必要な額だけにして、残りは事故や災害に遭った子供たちを支援する団体に匿名で寄付した。僕を生み育ててくれた世界への恩返しのつもりだった。
 新しい世界で落ち着いてから、僕はこの世界の近現代史や社会、そして住んでいる人の感性、価値観などの勉強に没頭した。そのためにこちらの世界で読まれている小説を片っ端から読んだ。それがある程度進んでから新作の小説を書き、出版社への持ち込みを開始した。作家という仕事は身体だけあればどこでもできるので、その意味では幸運だったと言える。
 イラストはこれまで築いてきたタッチを変えることが簡単ではないので仕事にすることは避けた。メディアに載るとそれが愛美の目に留まらないとも限らないからだ。それでも技量が落ちないように描き続けたし、それは随分溜まっている。
 こちらに来て十五年目、僕は久しぶりに港さんに会った。異世界調査機構の事務所に呼び出されたのだ。
「こちらでも作家としてご活躍ですね。流石は南山先生だ」
「いや、だから、先生は止めて下さいよ。全て港さんの骨折りのお蔭です」
 港さんは機構の副理事長に就任していた。僕の存在は機構でも上層の一部の人間、それと政府関係者しか知らない。港さんがいたからこそ僕の我儘が通ったと言っていい。
「今日お越し頂いたのはご提案というか、お気持ちを伺いたいと思いまして」
「何でしょう」
「実は今日、愛美が向こうの世界から帰ってきます。どうでしょう、お会いになりませんか? 愛美はあと数回あなたの世界に行きますが、それぞれ一日だけですし、因果律に影響しないよう注意すればよいと思うのです」
「それは……」
 それは僕が何度も考えたことだった。因果律に注意さえすれば可能ではないのか、と。
 でもいつも、結論は同じだった。
 震災の火災から僕を救った愛美、一緒にたこ焼きを食べた愛美、そんな愛美が僕に見せた表情は演技ではなかった。こちらの世界で僕と会っていたら絶対に見せることのできない顔だった。あの愛美に会っていたから、僕は二十歳の愛美に一目惚れしたのだ。
 だから、こちらの世界に来た僕は、まだ愛美に会うことができない。
「お気遣いありがとうございます。でも会わないでおきます」
「そうですか……。うーん、まあ、そうですよねぇ。今愛美が向こうの世界で体験していることは、私は文月さんから聞いただけですけれど、やはり身内として不憫に思えてしまいましたので」
 港さんは結婚はしているが子供がいないので、たった一人の姪を幼い頃から本当の娘のように可愛がっていることはよく知っている。
「分かりました。すみません、こんな提案をしたことでかえって文月さんに辛い思いをさせたかもしれません」