オトナダケノモノ
オトナダケノモノ
1.
「え?教皇が危篤……?それは本当なのかね」
「ええ、本当でございます。そのため黄金聖闘士の方々にお集まりいただくようにとのことでお迎えに上がった次第でございます。至急、バルゴ様にも聖域にご同行いただきたいのですが……」
「ふむ」
聖域からの使者がシャカのもとへ唐突に訪れた。といっても、彼らはいつも突然現れるのが通例なので、ある意味いつも通りの通常運転である。だからこその使者なのだ。
通称「ヘルメスの使者」と呼ばれる彼ら。聖闘士のように戦う者としてではなく、瞬間移動という秀でた能力をいかした活動、つまりは世界各地に散らばる聖闘士たちと聖域を繋ぐ重要な役割を果たしていた。どの程度の人数で組織されているかは不明だが、さほど大勢ではないのだろう。いま訪れている者も幾度となくシャカのもとに来たことのある者で、面識があった。
あらゆる場面で音もなく、彼らは不意に現れては聖域からの伝言を一方的に告げるだけ告げて去っていく。それは時に食事中であったり、時に就寝中であったり、ところかまわず、お構いなし……といった具合なのだが、きっとそれは彼らも同じで、どんな状況でも淡々とおのが責務を果たすためだけに集中し、あらゆる場面でも感情を表出したりしないのだろう。
だが、今は明らかにシャカの元に訪れた使者は困惑していた。シャカだって困惑している。当面聖域に訪れるような大事はないとあらかじめ確認した上で、半年ほど前から割と真剣にシャカは本格的な『修業』に入っていたからである。
急な招集はまったく予定に入っていなかったから、今すぐにと言われても、たいへん困った状況なのである。それは迎えに上がった使者も同様なのだろう。沈黙に落ちながらも互いに次の言葉を模索していた。
「あの……ひとつ質問してもよろしいでしょうか」
困惑顔でおそるおそるといった具合である。
「かまわぬが?」
「ええっと……生きていらっしゃいますよね?」
「失敬な、といいたいところだが、そう思うのも無理なかろうな」
シャカはもう体の動かし方さえ忘れてかけていた。ただずっと涅槃に坐した木像のように、食を断った肉体はそれこそ朽ちかけた枯れ枝となんら変わりはなかったのだから。最低限の水分だけは摂っていたけれども、極限まで削ぎ落とされた肉は骨と皮だけをしっかりと浮き立たせていた。
ひと時の間、思案したヘルメスの使者は本来の役目とは違う、それこそかけ離れている、立つことさえ一人ではままならないシャカの体力を気遣いつつも、慎重に身支度を整えるのを手伝った。
本来ならば教皇の御前に向かうということで黄金聖衣を纏わなければならないのだが、それすらも今のシャカには困難な状態であった。使者はシャカのバルゴの聖櫃を背に担ぐと、そのあとは「失礼ながら急ぎますので」と容赦なくシャカを抱きかかえ、聖域へと向かったのだった。