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刀剣男子たちと花の仮名の女審神者 短編詰め合わせ1

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春庭にて




庭園の桜が散り始めていた。
こぼれんばかりに咲いていた薄桃の花弁が、ほどけては滝のように降り注ぐ。
広い池の橋の向こうでは、短刀たちが楽しそうに駆け回っている。
任務の合間の、休息日とでも言うような穏やかな日。
審神者は満足そうにつぶやいた。
「平和ねぇ…」
「はい」
隣から生真面目そうな声で答えが返る。
返事とは裏腹に弟たちをはらはらと見守る様子が微笑ましい。
「混ざって来てもいいのよ?」
「いえ、近侍のお役目を放棄してお側を離れるわけには参りません」
さらに律儀さを増した答えに、審神者は苦笑を浮かべた。
「今は休憩中だし、大丈夫よ。あの子たちも、あなたがいたら大喜びすると思うけど」
弟たちの喜ぶ顔、と言われて真面目そうな顔立ちがぴくりと反応した。けれど鋼の意思でか持ち直す。
その様子を横目で見ながら、審神者はあきらめたように緩く笑った。
「楽しそうね」
「はい」
今度はしみじみと幸せそうな返事に、こちらもほのぼのした気持ちが溢れたのち、審神者の胸はちくりと傷んだ。
少し逡巡した後、その思いを素直に口に出す。
「本当はもっと広い所で伸び伸びさせてあげたいんだけど…。色々制約があって、自由に行かない。それが悔しいわ」
その顔に、一瞬怒りのようなものが湧いて、すぐに消えた。
少し気の強そうなまだ年若い横顔。
主たる審神者の横顔をそっと伺ったのち、一期一振りはしみじみと自分の白手袋をした手を見つめた。
主たちの時代がどうなっているか、刀達は呼び出されたのと同時に知識という形で情報を得ている。一期一振りも例外ではない。
皮肉なことに、なくしたはずの記憶に変わり、歴史という知識を得て自らにまつわる出来事を知っていた。ただし、厳密に言えばそれは記憶ではなくただの情報の塊に過ぎないが。
過去に焼け落ちたことは知識として得ている。それが恐怖という形で表れてもいる。会ったこともない同じ刀工の手による刀たちを弟たちと認識できるのは、刀剣男子たちだけが持つ特殊な感覚によるものだが、自分が過去の主と過ごした記憶は第三者から見た誰か他人の目を通した記憶として彼の中にある。
そのことを刀同士の意思疎通という形ではなく、こうして口に出して伝えられるという驚きは、一期にとって新鮮な経験だった。
「せっかくどこにでも行けるようになって、思ったことを口に出して人に伝えられる体が出来たのだから、もっと色々なものを見せてあげたい、体験させてあげたいのに。まったく…」
言いかけた途中で審神者の言葉が切れた。
その顔に自嘲ぎみな笑みが浮かぶ。
「ま、偉そうなことを言っても、奴らに逆らえない私も大概情けないわね」
いつも勝気な主の気弱な発言。それは自分たちを本当に気遣ってくれているからこそだと、一期にもわかった。
刀であった時には聞くだけで終わったであろう、その弱音。
だからこそ。
一期はゆっくりと首を振った。
「いえ、そんなことはございません」
きりりとした返答に、審神者は驚いて隣を振り返った。
一期はあくまで生真面目な顔で言葉をつづける。
「主はこうして、どこにでも行ける足や人と会話をすることが出来る口、そして弟たちの頭をなでることが出来る手をくださいました。それだけで、どれだけ自由を感じたか。幸甚の至りです」
真摯な瞳がひた、と主の方を向いた。
「なればこそ、我らは深く主を思い、忠義を尽くす所存にございます」
真面目に頭を下げた拍子に飾り物がこすれ合い、微かな音を立てた。
驚いたような顔をしていた審神者は、ほんの一瞬辛そうな顔をした。その目に泣きそうな弱気が現れ、消える。
それは瞬きよりも少ない時間のこと。
一期が頭を上げた時には、いつもの勝気そうなきりりとした表情に戻っていた。
それでも
「ありがとう」
感謝を伝えた声は抑えられたためか低く響いた。
そして、普段通りの強気な顔で明るく笑う。
「そうよ、せっかく喋る口ができたんだから、自分の思ったことはどんどん相手に伝えた方がいいわ」
そう言って身を乗り出す主から、気持ち距離を取るように体を傾けた一期の顔には、少しだけ戸惑った表情が混じる。
「どんどん…ですか」
「そう!言いたいことを言わないで我慢するなんて勿体ないことをしないで、どんどん!」
明るく言い切る主に、困ったような許容したような顔で一期が頷く。
「…そうですな。できる限りであれば、務めて参りたいかと…」
少し歯切れの悪い弱気の同意を得て、審神者はすくりと立ち上がった。
「よし、ならさっそく実践あるのみ。行くわよ!」
「ど…どちらに?」
すたすたと歩きだした審神者の後を、慌てて一期が追って歩く。
楽しそうに笑いながら、審神者は太陽の方へと顔を向けた。
「決まってるじゃない」
そして一期を振り返ると、これ以上ないくらいからりと笑った。
「あの子たちに混ざるのよ!」