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刀剣男子たちと花の仮名の女審神者 短編詰め合わせ1

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記憶か未来の泡沫




不気味に低く鳴動する音が地底深くから響き渡る。
辺りは昼日中だというのに黒い幕を引かれたように薄暗い。
そこかしこから、きな臭くむせ返るような煙が漂い出し、そのすぐ後ろからは何もかもを飲み尽くすような灼熱の気配が追ってきていた。
倒れた調度、砕け散ったガラスの欠片。
床には無残に投げ出された、大切に保管されてきた貴重なものたち。
語らず、動かず、ただそこにあり、人に作られ人に使われることを目的として生まれた無機物たち。
けれど、それらがわが身に迫る危機を感じ恐れているなど、誰が知るだろうか。


床に投げ出された、黒漆の拵えも凛々しい一振りの太刀
その刀もまた、確実にわが身に迫ってる、ただならぬ気配を感じていた。
はるか昔、名工の手によって打ち出されたのち、時には飾り物として、ただひと時だけは特別なある人と共に幾多の戦場を駆け抜けた。
けれど人から人へと渡り、将たちの手を経て次の活躍の場を待つうちに、静かに安置されたまま膨大な時間が経っていった。
切り裂くために生まれた身は、ごくたまに手入れのため取り出されるのみの存在となった。
ただの飾り物とされてから、長いまどろみの中にいたような気がする。
それが目覚めかけたのは、かつての戦場に似た空気を感じたせいか。
大きく揺さぶられ投げ出され、荒ごとかと刀の本能が目覚めた。
けれど、近くに人の気配はなく、頼りないほど遠くで声や足音が響くのみ。
そうするうちに、室内には一気にきな臭さが流れ込み、初めて戦場以外でわが身の危機を感じた。
充満する煙は次第に濃さを増し、鋼でできた体をも焼き尽くす灼熱が間近に迫っているのがわかった。
人にはけっして知られぬまま、人の歴史の移り変わりとともに刀の中に確かに存在していた意識という意思。
その感覚で、確実に迫って来る焼かれてしまうという危機、自らの存在の抹消を予感していた。
これを人は恐怖というのだろうか。
刀は意思とも意識とも言い切れぬ亡羊とした心で思った。
煤と硝煙のにおいは絶望を伴い広がり続ける。
そこに。
ふっ、と一筋、清涼な風が吹いた。
それはほんの刹那。
辺りはすぐに黒い煙で埋め尽くされる。
けれど。
それまでそこになかった筈の確かな気配が現れていた。
長らく刀が慣れ親しんできた人の気配。
濃い煙を割り、静かにその人は歩んで来る。
かと思うと、するりとしなやかな動作で両手が伸ばされた。
柔らかな所作で、両手が床に投げ出されていた刀を持ち上げる。
そのまま、白い腕の中に黒い漆鎧纏った刀身を大事そうに抱きしめた。
『さ、行こう』
なぜかひどく懐かしくなる声が囁いた。
刀をしっかりと懐に抱いたまま、その人影が片手で宙に何かを描く。
次の瞬間、今ここにあるのとは全く別の異質な空気が口を開き、そこに飲み込まれるのを感じた。


薄暗い室内を裂くように稲妻のような光が走った。
それはほんの一瞬。
散らされた煙はすぐに勢力を取戻し、わずかに空いた空間を埋め尽くした。
遠くで火事を知らせる鐘の音が鳴り響いていた。