青
背はこれだけあるから、5番としては過去に幾度か動いた。
確かに俺はフリースローラインを超えた射程からのシュートも。この県下で各強豪から選りすぐり掻き集めても出来る者は現状で三名、居るかどうか……そのシューター達が打つ3Pも打てぬ事はないが、正直、得意な方ではない。
丁度その成功率は説明し、口を動かしている最中に盗み見ていた、ノート一面にびっしりと書かれた越野のデータと同じ位……練習では7~8割、実戦では後少し下がるかと言う程の精度だ。
だがしかし、監督に決して完全ではないそれを打てと言われた、あの長身の揃った某校との試合……失礼だが、シュート全般を苦手とする魚住先輩達も、あの試合ではベンチだったが未だ荒削りの福田、出ればそのスタミナをフルに使い終始ボール運びに専念する1番の植草、……誰にも頼れず、だが打てと言われ、どうしたものか―…陵南が負ける事は無いとは思ったが、俺が俺である為の、言わば天才的な……「いつもの」働きは出来るだろうかと、それを考えていた。
あの時は……俺がいるからなどと当分の内はその返事について聞き得ないだろう言葉をうっかりと口にして―…うちで、自分以外に唯一何とか打って行けるお前と―…お前に。
いつも皆に、そして何より自分に向けられる真っ直ぐな思いに力付けて欲しかった。
そしてその試合の中で相手のDFに翻弄されシュートフォームが乱れ、何より随分と小柄で細身でもあるから、縦が利かずシュートを遮られても、それでも無我でシュートを打ち続ける姿。
実戦でそれを初めて決められたんだと、俺に引っ付き喜ぶ姿。
そうして見て。
―…俺がやらなければと言う、時に枷にも悲愴にも大きな重荷にもなるそれらが失せていく。
天賦の際、恵まれた体格、それらに裏付けられた強さ。
自分が当然に併せ持っているそれらに懸命に近付こうとする、子供と少年の境に留まっているかのような幼い同輩。
独りで遠くへと離れようとすると、自分が本当は戻り帰る場所―…陵南に、笑い、怒り―…どんな時でも感情を発露させ(―…それが自分にはもう出来なくなっている。だから、眩しく、きらきらと輝き羨ましく思い、時にその様に嫉妬も覚え、そしてそれらを見続けたいとも、自分のものにして自分の色に染め上げたいとも、一部口には出せぬ、どろりとした思いに囚われている。)そこに居て、嬉しいと、俺の手を引き、そして一人で行くなと言い、呼び止める。
―…一人で。
持ち併せた才故にとうの昔にそれらを覚悟し、自分にずっと付いて回るものだと、そう思っている。
行くなと。いつもは幼く快活な性質の少年から自らの核心を鋭く抉り出されるように突かれ、だから居た堪れなくなり越野の下を去った。
昔も、そしてこれからも―…覚悟し切っていた事であるのに。
強風に煽られた灰の雲が、たった一つ輝いていた星を隠す。強く光を放っていたそれは、堅固に見えた鉄柱がポキリと折れるかのようにあっけなく黒に呑まれ失せた。
使命と責任で埋まり、自ら覆っていた心が小さな少年のほんの一つの言葉で鋭く剥がされて行き、才に恵まれた美貌の男は恐怖を覚える。
そして反面、この身を案じ、思い、哀しむ。その人の温もりに赤子のように縋り付き、甘え……与えられるその思いを独り占めしたいのだとも思う。
一つの星が消え、月光も灰の雲により失せた濁った空を見上げ、仙道は思う。
胸が痛く苦しいと。
無人の運動場を抜け正門を出て、日が暮れれば本数も少なくなる深草色の玩具のような単線の停まる小さな駅へ向かう真っ直ぐの道を歩く。
蕾の桜は膨らみ、うららかな―…甘酸っぱい香が漂って来そうだと仙道は思う。
そして夜目でさえも綺々しい海の青と、寄せては返す泡沫の波の白。
どうしてか、そこに二人の先輩と彼が信じる同輩達が笑いながら戯れ、自分を見て……憧れ、哀しみ案じる彼が手を挙げて呼ぶ―…そんな感覚に捕われる。
招かれた天才としての使命と責務。
もうずっと昔より覚悟していた才故の孤独、これからも自らに永く付き纏うのだろう。
それはこの身が一番分かっている。
ただ、今は少しだけ、どうか少しだけと。
―…老成していると言える、また元来の性質故に物事を永く、広い目で見過ぎるきらいのあるまるで美貌の大人のような少年の脳裏に、浮かび上がる姿。
子供と少年の瞬く間の閃きを切り取り貼り付けたかのような幼げな面立ち。
笑い、怒り、喜ぶ……くるくると表情を変える姿。
―…全て一瞬のものでしかない海の青の煌めきのような風情の少年を。
ただ離れ眺めている、それだけで良いと、どこかが満たされていくような安らかな思いと、捕らえ独り占めしたいと言う激情のような衝動。
(―…あいつが俺を見て必死になっている。俺はあいつを引き付け続けられる要素は一つ、持っているから。)
しかし自らも御し難い上手く言い切れぬこの思いをそのまま本人へと告げるなど、そこまで考えなしでも馬鹿でも―…生憎素直ではなかった。
天賦の才と美貌と明晰さ。自分がその全てを兼ね備えている事を、仙道は自覚している。
そして人の思いと言う物が永遠などではない事も、刃のように冷ややかな本質でそんなものだ、と思っている。
しかしただの若さ青さ故の一過性のものとして、心中のそれを捨て去る気など微塵もなかった。
達観した性質から、三年と言う時間の短さを仙道は他の者達より誰よりも良く知っている。
燻る熾火のような心のこれを、白の波の末路と同じ泡沫とする事などは出来ない。
例え言う事で彼を傷付け痛みを与える事となっても。
抱え続ける胸の痛み苦しみはけして止む事はない。彼からの答え等は今聞ける筈もなく、すっと変わらず、また暫くはこの心を持ち抱えたままなのだ。
しかし、その心のままくすりと笑う。
美貌と知性と天賦の才、それに裏打ちされた少しの高慢さと僅かな冷徹さを秘めて。
―…いつか、きっと
あの海の青のような少年に、必ず。