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深耶琵たけまる
深耶琵たけまる
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ある日の相談

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――僕はね、官兵衛君から連絡があったから、いったい何事
かと思って……。

 少し呆れ顔の竹中半兵衛は行きつけの店に行った。
 店の扉を開けるとそこには飲んだくれた彼の姿が見えた。
これは長くなりそうだと、覚悟を決めて近づくと優しく彼の背中を叩いた。
 振り向いた大きな男は熊を思わせる大柄な黒田官兵衛。彼は少し駄々を捏ねながら抱きついてきて、わーわー嘆いていた。
 ――参ったな。
「いきなり呼び出してなんだい、官兵衛君?」
「やっときたか、半兵衛っ! はんべぇ~!」
 大きな身体で抱きつかれ、ほとほと困り果てながら、無下に出来ず……。
「まぁまぁ、話はゆっくり聴くから……」
 そういってカウンターの席に彼を座らせ、隣に半兵衛も座った。
 ――酒臭いな、はぁ~。
 なから出来上がっている官兵衛を横目に溜息をついた。
「今日はキスの日だとか言って、みんな幸せそうでな。小生は寂しかったんじゃ」
 半兵衛の肩に手を置き、虚ろな目をした顔で語ってきた。半兵衛は彼の手を外して、正面を向いて座り、
「それで? 愚痴を言うために僕が呼ばれたのかい?」
 マスターに官兵衛のツケでワインを頼んだ。
 ――飲まずに話を聴けないだろ。
「で?」
「うむ……」

 キスの日――昔、この日ノ本で作られた映画の中で初めてキスシーンが取り入れられ話題になった。それがどうやら今日の日の由来らしい。

 カウンターに向き直って座る官兵衛は泡の消えかかったビールをひと飲みし、
「小生もな。その、したかったんだが……」
 ぼそっとそう云って首を垂れる官兵衛を半兵衛は優しく背中を撫でてやった。
 ――ちょっと可愛いと思ってしまったよ。
「ふ~ん、僕は別に気にも留めなかったけど、君は素直なんだね?」
 くすっと笑う半兵衛は、いい香りが漂うような微笑だった。
「でも、君には又兵衛君が居るだろ? 彼としたらよかったのに……」
 官兵衛の傍にいつもくっついている後藤又兵衛の事をそれとなく冗談交じりに言ってみせた。
 すると、急にばんっと手を突いて立ち上がり、
「なぜ又兵衛なんじゃ!」
 一言大きな声で叫んで、また座りなおした。周りの客も驚き視線を送って注目した。
 とりあえず、官兵衛君が落ち着くまで一緒に飲む事にしようと身構えた。

「実はな、小生は……。いや、なんでもない。ん」
 云いかけた官兵衛はぐいっと最後の一口を飲み干した。歯切れの悪い云い方をされるほど不快なものはない。解消する為に尽かさず聞いた。
「嫌な云い方だね? はっきり云ったらどうだい……」
 横目で官兵衛を見ながら、半兵衛も一口ワインを飲んだ。
「マスター、彼にお代わりくれるかい? 口を割りやすいように強めのお勧めを頼むよ」
 微笑みながらマスターは官兵衛に度の強い酒を出した。
「官兵衛君、水を飲んで落ち着きたまえ、フフ」
 すると、彼は一気に飲み干してしまった。
 まさか、一気に飲むとは、半兵衛は目を丸くした。
 半兵衛は少し慌てた様子だったが、直ぐに諦めた。
「はんべぇ~、どうしてお前さんは半兵衛なんだ……。ヒィック」
「半兵衛なんだから、仕方ないだろ?」
 酔っ払って呂律が回らなくしてしまった彼に罪悪感があった半兵衛だが、ここはチャンスだと思って突っ込んで聴く事にした。
「さぁ、産まれてこの方、そんな事聴かれた事ないけど。そういう君だってなんで官兵衛君なんだろうね?」
 からかうつもりで同じ問いを返してみた。すると、
「それは……お前さんに会う為に、小生は生まれてきたんであって何も不思議はないだろ」
「え?」
 少しドキッとして、目を逸らした。
「不思議はないって、まるで全て分かってるような口調だね。ほんとに君は面白いね……」
 少し動揺した半兵衛だったが、所詮酔っ払いの戯言だと思って聞き流していた。
 ――僕も少し飲みすぎたかな。
「で、君はどうしたかったんだい? 誰かお目当てでもいたのかな、フフ」
 官兵衛は半兵衛の方を向くと、酒臭い息を吐きながら、肩を掴んで見つめ、
「半兵衛! 小生とキスしてくれっ!」
「な、何を言ってるんだい?」
 思わず口にしたワインを吹いてしまうところだった。なんとか飲み込んで息を吸い込むと笑いが込み上げてきた。
「は、はんべ……」
 突然変な事を言い出したと思ったら、一気に酔いが回ったようでカウンターに頭を打ちつけてブツブツ何かを訴えていた。
「全く困ったものだね……。マスターすまない。連れて帰るよ」
 驚いた顔のマスターを見ながら苦笑し、あの大きな身体を抱えるようにして立たせた。
「なんだ、半兵衛。小生をどうする気だ?」
「どうもしやしないよ。もう帰るよ。いい加減飲みすぎだ」
 マスターに微笑を送って手を振ると、店を後にした。

作品名:ある日の相談 作家名:深耶琵たけまる