ある日の相談
――はぁ、酔っ払いは絡みだすと手が付けられない。官兵衛君も疲れが溜まっていたんだろうから、仕方ないか。
このところずっと忙しく、休み返上で働いてきて、ようやく落ち着いたところだった。そこに、この日が来たのだ。
女性がいない職場ではないが、官兵衛が誘って飲みに行くような女性はいなかったみたいだ。
それで僕が誘われたのか、と今更ながら半兵衛は自覚した。
官兵衛とは同期ではないが、互いに似たような職務についている所為で時間がある時には一緒に過ごす事が多かった。愚痴を言ったり、馬鹿をしたり馬が合ったのだろう。
「官兵衛君、支えるからちゃんと歩いてくれないかな? 僕だけじゃ重たくて潰れそうだよ」
電柱にぶつかりそうになる彼にそう声をかける。
「君の家は直ぐそこだろ? 近くて助かった」
必死に支える半兵衛を嬉しそうに見つめた。
「おぉ、半兵衛。いつもになく綺麗だな? お前さんは綺麗だな」
「はいはい、ありがと、うっ!」
酔っ払いの言葉を真剣に聞き入れるほど半兵衛は酒に酔っていない。呆れながら彼を支え、なんとか彼の玄関の扉までやってきた。
「か、官兵衛君っ!」
当の本人はほとんど眠りに入っていた。
「じょ、冗談じゃない。ここで寝ないでくれたまえ」
玄関の前で座り込む官兵衛を慌てて身体を揺すり起こし、彼の上着のポケットにあった家の鍵を使って扉を開けた。再び重い身体を抱き上げて背負い込んだ。華奢な身体でヨロヨロと。
「…うぅ、ここは何処じゃ」
急に耳元で呟かれ、大声出されなくて良かったと安堵しながら、
「家に着いたよ。靴を脱いでくれ。水を持ってくるよ」
少し云う事を聞くようになった大男を玄関に座らせてに命令するように声をかけると、慣れた様子で奥に入り冷蔵庫からペットボトルの水を持ってきた。
通常サイズのボトルを彼に渡すと、ありがとうというようにボトルを持った手を一度上にあげてからゴクゴクと飲み干した。
「一気に飲まなくても良いのに……。まぁ、いい。早く横になりなよ」
そういって、また手を貸す。重い身体を、んっと立ち上がらせると相手の腕を自分の首に巻きつけて支え、ベッドの部屋まで連れて行く。
凭れかかる相手をベッドの上に一緒に転がって寝かすと、ふぅと息を吐き、
「これ以上は僕には無理だな。重すぎるよ」
困り果てた様子で起き上がると、相手の肩をとんとん叩いた。
「ん。飲むか、半兵衛?」
官兵衛は肩の手を掴んで引っ張り、半兵衛は彼の上に倒れこんだ。
「飲まないよ、官兵衛君。明日が休みでよかったよ。そうじゃなければ置き去りにするところだ」
いい加減酔っ払いの世話が嫌になり、苛立ちながら言い放った。
「じゃ、僕は失礼するよ? くれぐれも風邪引かないようにね」
腕を掴まれ、倒れこんだまま……。相手の手がまるで抱き枕でもするかのように回ってきた。慌てたが、小さな身体にとっては後の祭りだった。
恥ずかしいのと、苦しいのとでドキドキしながら身体を廻して前を見ると、正面にウトウトと気持ち良さそうな顔で寝息を立てている。
「ちょっと離してくれ。これじゃ帰れないじゃないかっ!」
ほんのり赤い顔でもがくと、小さな呻き声と共に背中に置かれた手が半兵衛を抱き締め、
「官兵衛君っ?」
平静を保てなくなった半兵衛は脚をばたつかせて暴れ、相手の酒臭さに酔いそうになってしまった。
はぁ、と大きく溜息をつくと、それを塞ぐように何かが触れた。
「…っ?」
官兵衛の唇が半兵衛のそれに触れていた。思わず変な声が漏れた。強く頭を抑えられていたようで息が苦しくなってきた。
半兵衛は逃れるように身体全体を動かして、捩って……。
――な、何なんだ? 最悪だっ!
どさっと床に倒れこんだ自分がいた。束縛が解かれたようだ。乱れた服のしわを伸ばすように、パンパンと叩いて立ち上がる。平静を促すように手串で銀髪を撫でた。
「官兵衛君も困った人だ。このことは内緒にしておくよ」
力を入れていた所為か、口付けされて動揺した所為か、ほのかに赤い顔で言い放ち、その場を後にしようと一歩踏み出した。
眠っているのなら覚えてなかろう、と念のために振り返り相手の顔を見下ろしてくすっと笑顔を見せる。
「おやすみ、官兵衛君。口付けは優しく頼むよ」
またね、と云うと、そっと相手の唇に己を重ねた。