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靴ベラジカ
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魔法少年とーりす☆マギカ 第四話 「ピジョン・ブラッド」

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どれほど、どれほど深く墜ちるのか。 異常に引き延ばされたリボルバーの様な柵と円柱の構造物が回転しながら、緋とライラック、琥珀の光は深淵の闇へと取り込まれていく。
 メビウスの輪となったレール上を延々と走り続ける玩具染みた旅客列車、ヘリコプターのプロペラにでも扮しているつもりなのか、高速で回るエーデルワイス。 そして、天井で烈日の如く強烈な光を発する浅葱の恒星は、このけたたましいコラージュ世界が、彼ら魔法少年のみが知るある一定の種の呪い― 魔女の呪いによって生み出されたものである事を。 ここは、魔女が自らを守る為に作り上げた城塞。 そして魔女達が最期に創作を続ける為の箱庭を兼ねる、【魔女の結界】の内部であると喧伝し続けている。
 やや緩やかにカーブしたガンメタルの深淵に落ちる中、場に居た全員が、メビウスのレールも空中エーデルワイスも、全く配置に違いが無くなる地点を三度見届けた辺りで、外套の戦装束姿であった眼鏡の少年は意識を取り戻し、咄嗟に手の羊皮紙にセンツァ【ペダルを離す】記号を刻んだ。
 ライラックの輝きは蜘蛛の巣状となって周囲の円柱に纏わりつき、十秒と経たず延々と続くワームホールに祈りの五線の蓋を閉じる。 魔法少年達はゆるやかに弱まる重力に守られ、虫の翅のように柔らかく着地した。
 軽い亜麻色を靡かせ、遅れて降り立つ親友。 戸惑いの色を残しながらも辺りを見回す琥珀の魔法少女。 震える手で眼鏡のずれを直し思索するライラックの魔法少年。 諦観の表情を浮かべる銀の妖精。
 そして、緋のソウルジェムの持ち主、野暮ったいセミロングの茶髪の下、彼は
弛緩し半端に開いた口も結べずに、ただ茫然と光景を見遣るほかなかった。
 トーリス目がけて墜ちる人影。 それが彼の視界を埋め尽くし五線の床から諸共突き落とされる寸前でようやく、少年は碌な思慮も巡っていなかった緩んだ碧眼に精彩を宿し、血塗れな肉体の落下地点から身を翻した。 密かに頼みの綱としていた存在であったバッシュは最早ただの抜け殻、ただの物体として力なくハンモック様のライラックに落ちた。 トーリスは小さな悲鳴を上げ、浅葱の魔法少年に駆け寄った。 フェリクスの制止も目に入らないままで。
 さっきまで生きていた筈だ。 人間だった筈だ。 でも、冷たい。 手が冷たい。 確かに握っている筈なのに、冷たいままだ。
 彼は理解していた。 だが理解を拒み続けていた。 今、正に手を握り締めている人物と、仲間の間に何があったのか。 そんな事など知った事ではない。 ほんの数日前に行方を眩ましたフェリクスを探している最中、不安に駆られ何度も浮かんでは、そんな筈が無い、と何度も否定し続けた最悪の想像。
 それが、他人同然とは言え、眼前に居る存在に、救いようのない現実のものとして降り懸かり形を成そうとしている。 テレビやスクリーン越しでしか窺えない、永遠の幻でしかなかったものが。 他人同然の人間の事など忘れてしまえと、思考さえ棄ててしまえば、幾らか気が楽になる事は判り切って居ても、日常茶飯事として耳に入る報道番組で赤の他人を襲った悲劇にすら心を痛める彼自身の優しさが、 ―自身を守る為の罪もない逃避すら、短絡的な思考放棄だと断じてしまい決して許そうとしないのだ。
 徐にトーリスは、濁り切った浅葱の瞳を弱々しく見、震える手でバッシュの瞼をそっと閉じた。 三人はただ見守る他にない。 茶髪の少年は声を絞り出す。

 「ソウルジェムは、」
彼は緋のソウルジェムを取り出し、目が醒めるような輝きを見つめ、再び尋ねる。
 「魔法が使えなくなって… 濁り切ったら、砕けて、グリーフシードになって…、 魔女が出てくるの?」
ローデリヒは頷く。 眼鏡は浅葱の日光を反射し表情はよく窺えない。 厭にしおらしい不安を露わにフェリクスは彼の眼前に擦り寄り親友を見つめてくる。 トーリスよりやや黄緑に寄った眼は潤んでいた。 魔法少年達の視界の範囲を絶え間なく警戒していたエリゼベータの歩みは止まり、彼女の長い髪は遅れて小さく靡いた。 既に琥珀の魔法少女は戦装束に身を包んでいた。 装飾のベルトは彼女の得物とヴィブラフォン染みた小さな金属音を立ててぶつかり合い、侘しい終わりの鐘の様に響き渡る。 ギルべぇの無言の肯定。
 「早く」
再びトーリスは口を開く。
 「早く、魔女を倒そう。 早く、ここから出て、それで」
息絶えた魔法少年を右肩に背負い、彼は続ける。 自分よりも小柄な筈なのに、その身体は異様に重い。
 「…せめて家に、帰らせたい」
咎める者は何処にもいなかった。 夜の踏切かの如く、浅葱に照らされた少年達のシルエットが無骨なガンメタルの外壁に浮き上がっては消えていく。 トーリスの言葉に応じるように、ローデリヒはセンツァの羊皮紙を天井へ向けて伸ばす。 ライラックの光は編み込まれ、一本の巨大な蔓状となって螺旋を生み、調律の魔法少年が同じくライラックの絨毯に乗せると、妖光の根元から螺旋階段が伸びて行った。