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靴ベラジカ
靴ベラジカ
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魔法少年とーりす☆マギカ 第五話「マギクス・トリプレット」

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黒金の瓦礫を眩しく照らす浅葱の陽光。 限界が近い蛍光灯の様に僅かに残る知覚。 トーリスの意識は黒煙に撒かれ、風と共に今にもここから吹き飛ばされようとしていた。 木の葉の様にいとも容易く叩き付けられ、身体中の悲鳴が体内で反響し、中身の入ったペットボトルを握り潰したかのように口と腹から吐き出される飛沫―。 彼の思考回路は機能不全を起こした音楽プレイヤーの様に無意味な読み込みを続けている。 右脇腹を穿った暗い浅葱はうねり、蔓草の観察映像を早送りするかの如く緋の少年に這い寄り始めていた。 徐々に遮られていく浅葱の陽光と、濃い影の不釣り合いな視覚の攻め手。 少年はただ黒に容易く溶けるコーヒーミルクのように、自らの意識が虚無に混ざっていくのを待つだけだった、筈だった。
 《…何?》
光芒を背負い、最早黒一色となった大量の蔓草。 それに何かがチラついた。 此処に有る筈の無い異質な何か。影の蹂躙を追うように、カメラのフィルム、携帯ゲームの液晶、小型テレビ、ワイドスクリーン… 異質な世界は塗り広げられ、やがて、緋の少年の視界総てを奪い尽くした。 太陽の魔女が生み出した、結界内の入れ子の幻。 命尽きていく子羊が見る最期の夢。 最早トーリスにはどちらだろうが、どちらであっても、構わない。

 《…えっ?》

急に澄み亘る視界。 純白の空間上に彼は浮遊していた。 はっきりとする意識。 腹に手をやるが傷など何処にも見当たらない。 少年の安堵を非日常の悪臭が劈いた。 機械と油。 土埃。 鉄混じりな…、血の臭い。 異臭を感じ取ると、百メートルもない前方に落書き染みたディテールでモノクロの石くれと資材が超高速で組み上がり、瞬く間に工業地帯と立派な線路が施設された。 海風と僅かな重工業品の臭いを縫い走る列車。 おぼろげだが見覚えのある車体。 あれは確か、父が以前真っ青になって押し付けて来た、新聞の一面の―
 ひしゃげたブレーキ音。 色の無い火花。 身構える余裕も無いほんの一瞬。 トーリスの眼前、レールカーブで車輪は歪んで跳ね飛ばされ、列車は側転し傍観者のトーリスに差し迫る! 逃げようとしても足が動かない、知覚に呑まれ思考が混線する。 真新しい車体は彩度を失わない緋の少年をすり抜け、何とも付かぬ用途の知れぬ精密機械の断面図と、荷物が無辜の暴力の姿で車内を暴れ回り、老若男女の人体があらぬ方向へ折れ曲がっていく惨状を見せつけ、数両は背後数百メートル四方の埋め立て地、また数両はさらに奥の重厚な柵を抉り取りながらときわ湾へと転げ落ちていった。 
 数メートルはあろうしぶきを上げて沈む車体。 白黒に支配されたこの世界でただ一人、トーリスは彩度を失わず、悲惨な事故の一部始終を目の当たりにしたのだ。 海水一滴すら感じられぬ異常な空間。 水浸しのコンクリートに地を付ける、汚れ一つない自らのブーツ。 要所に織られた緋の魔法的意匠が、まるで返り血であるかのように錯覚する。 再び、非日常の悪臭があたりを覆っていた。

 ほんの数分が何十倍にも引き延ばされているのか、それとも数時間がほんの数分の様に感じるのか。 何時もなら心地良い漣と海鳥の鳴き声が、まるで悪魔の呻きの様。 環境音だけが響く静寂の中、茶髪の少年はただ茫然と立ち尽くす他ない。 幾ら走っても、遠目に映る車体の残骸との距離が縮まらないのだ。 いつの間にか上空に飛来していた白っぽいヘリの風切り音が喧しくて堪らない。 ただ土埃を吹き散らし現場の辺りを飛び回るのみだ。 軽い瓦礫音。 彼は音の方に視線を向ける。 白っぽい短髪の、小学生ぐらいの子供が呻いていた。トーリスは駆ける。 十メートルもない距離、だがやはり距離は一向に縮まらず、子供の元に駆け寄る事も出来ない。 目の前の人一人助けられない悔しさ。 傷一つない緋の少年の顔は苦痛に歪む。 彼が駆け足を踏み外し倒れ込みそうになった瞬間、目に映る風景が一挙に迫り、トーリスはいつの間にか子供のすぐ目の前に居た。 こんな一歩で数メートルの距離を踏み超えられる筈が無い。 彼を除いたこの世界総てがスライドしたかの様な奇怪な視点の移動。 彼にこの怪奇現象を異常と感じる余裕はない。 呻きながら、小さな少年は苦しみながら精一杯の力を込めていた。 長袖のパーカーの上からガラス片が身体に幾つか突き刺さり、下半身は瓦礫の中に埋まっている。 別人だがフェリクスと何処となく似た顔。 トーリスは我を忘れて叫ぶ。
 《今、今助けるから!》
全力で瓦礫に手を伸ばし引き剥がす、つもりだった。 感触が無い。 あろうことか、彼の腕は瓦礫をすり抜け何もない空間を掴んでいた。 何度も瓦礫に手を伸ばす。 しかし手応えは皆無だ。 少年を引き摺りだそうと胴に手をやるが、魔法の手甲は呆気なく少年を貫通した。 手を引くが子供は空に向かって助けを請うている。
 「助けて! 助けて! お母さんとお父さんが、おじさんが、おばさんが…」
 《わかった、わかってるよ! じっとしてるんだ!》
瓦礫をどけよう。 手応え無し。 この子を引っ張り出そう。 手応え無し。 何度、何十回繰り返しても瓦礫一つ除ける事すら敵わない。 喉の秘石に白がうねる。 俺は魔法少年なのに。 なのにどうして、どうしてなんだ。 どうしてこの子一人助けられないんだよ。
 彼は手を伸ばすのを止められなかった。 無駄だと解っている筈なのに、理屈では分かっている筈なのに、最早うんざりする程に、現実をまざまざと見せつけられたと言うのに。 それでも止まらなかった。 白い風切り音は飛び回る。 無情な程に冷徹で無感情に。
 「…なんで、なんでなんだ」
子供の言葉は理解される事はない。 緋の少年の耳には入らなかった。 耳にした単語を言葉に出来ない程に、中学生の感情は張り詰めていた。
違う。 こうじゃない。 俺が知りたかったのは、こんな事じゃない。 こんな事じゃないんだ。
 「なんで、ヘリは、【あいつら】は、助けてくれないんだ」
子供を引っ張り出そうと全力で踏み込んだ。 だが、掴めなかった。 トーリスの身体は勢いのまま瓦礫をすり抜けて前に倒れ込んだ。 傷ついた子供の足と、 ―子供とよく似た髪色の、ピクリとも動かない女性が…
 血溜まりの上で倒れている様が、見えた。 破砕音。 手を伸ばさずには、居られなかった。 警告灯染みた緋の光が、白みを帯びていく。

 同じ子供の筈なのに、驚くほど冷たく、憎悪の籠った声がした。

 「     じゃなくて、お前達が死ねばよかったのに」