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Dinner after the party

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何で彼を選んだのかって?利用価値?それは愛じゃないだろう。
 でも、つきつめれば穴を埋めたいと思ったときにちょうどよく転がってきた都合のいい石ころだった。そんな理由かもしれない。
 だけどそんなもんだろう。誰もが賢く優しく資産家でグラマーな絶世の美女を好きになるわけじゃあない。
 まず出会えなければ長い脚も細い腰も意味がない。出会うのが死ぬ間際でもダメだ。
 つまりはそういうことなんだ。

 この街は夜風すら湿っぽくて生臭くて、頭にかかった鉛のような靄を吹き飛ばしてはくれない。
 遠くの喧騒、近くを駆け抜けるエンジン音。酔っぱらいの耳障りな笑い声。視界の端をかすめる喧しいネオンサイン。
 そんな落ち着かない日常だって悪くはなかった。馬鹿も多いが賢いヤツも多い。街の外ではめったにお目にかかれない、人間が決めた枠の中では輝けない特別なヤツもいる。得体が知れないのに人生を狂わすような美食も、異形の蔓延る街中で平然暮らすごく普通の人間も。
 そんな中に暮らしていて、友達は人間が多かった。異界人に偏見があるわけじゃないが、誰だって自分と同じ見た目の相手に親近感がわくものだ。表情のくるくる変わる美女、ユーモラスな飲み仲間に腕のいい料理人。みんなそれぞれに尊敬できる自慢の友人だった。
 芝居が上手で辛抱強く命令に忠実。ただし見る目がない。
 従う相手の選択が悪いのはもちろん、標的の力量を見誤る間抜けばかり。
 いや、見る目がないのは俺の方か。
 横切って行った車から転がってきた空き缶を子供みたいに蹴飛ばした。道の端までふっ飛び、柵の隙間から暗闇へ落ちて見えなくなる。
 自慢の友人たちは今頃あの空き缶みたいな末路をたどっているだろう。俺の前に帰ってくることは二度とない。
 裏切られたのだ。ありふれた幸福の顔をして、俺の生活を取り囲んで懐に潜り込んできた。まさか西のバーで知り合った女と東のコーヒーショップで知り合った男がグルなんて思わないだろう。何か月もかけて下ごしらえをして平和で普通の日常を味わわせておいて、油断したところを――――という計画は見事に砕け散ったわけだが。
 同僚がよく「家族はいいものよ」という。いつ死ぬかもわからない、大事な人間を巻き添えにするかもわからない牙狩り家業を続けていてとんでもないリスクを負うものだと思っていたが、利害のない無責任で陽気な友人関係に夢見た自分も似たようなものだったかもしれない。その上まんまと騙されてこの様だ。
 部屋では闇の中から現れて闇の中に帰っていくような私設部隊が元・友人たちの後始末をしてくれている。そんなものを抱えていることこそが、平和で普通の日常から遠い人生を象徴していた。
 何台かの車を背中で見送った頃、ふいに一台の車が停まった。
「旦那様?!」
「ヴェデッド!」
 パーティーが始まった頃に別れた家政婦だ。彼女は異形ながらごく普通の家庭を持っている。入念に素性を調べたので間違いない。家に探られて困るものなど残すほど油断はしていないが、買った恨みの数は覚えてもいない身の上だ。
 家政婦・ヴェデッドはこんな時間に俺が一人で表にいるのを不審に思ったらしい。当然だ。パーティーをお開きにするには早すぎる。
「パーティーはもうよろしいんですの?」
「あ、ああ……うん」
 嘘は得意な方だが、今夜は上手い言い訳が浮かばなかった。彼女は大人しくてよく気が付く本当に優しい女性だ。今夜のパーティーを俺が楽しみにしていたのも知っているし、そのために腕によりをかけて料理を作ってくれた。
 そういえばパーティー料理がまだ半分も残っている。テラスまで誘い出して始末をつけたからそっくり無事のはずだけど、そのまま明日の朝を迎えて出勤してきた彼女が見たら悲しむだろう。かといってダストボックスに押し込むなんてもっての外だ。参った。上手い嘘を考えておくべきだった。
 俺の仕事のことは何も知らされていない彼女が心配してくれるのが心苦しい。言葉に詰まっていると、車の後部シートから小さな異形たちが飛び出してきた。立ち話して戻らない母に待ちくたびれた、彼女とそっくりの子供たちだ。種族が違っても―こうやって一緒に社会生活を送れる種に限っては―子供というのはそう変わらない。無邪気で張りつめていなくて。異形の少女は小さな触手に猫を抱きしめていた。
「かわいい猫だね」
「えへへ……さっき見つけたのぉ」
 オリエンタルショートヘアのやんちゃそうな猫だ。この辺をうろついている野良にしては毛並みが良すぎる。迷子だろうな、という予想の答え合わせはすぐ果たされた。
 後輩の運転するスクーターにひきずられるようにして現れた部下・ザップの探し物だったのだ。薬物臭抜けきらないゴミのような状態のザップの尻拭いをさせられている少年・レオナルドの説明によると。詳細は聞くに堪えない上、本人が半狂乱なので把握しきれないしする気もないが、とにかく猫を至急連れて依頼人に届けなければザップの人生にかかわるらしい。おそらくそれで困るのは本人だけだが、うんざり顔でもレオナルド少年は面倒見がいい。
「ほら、見つかって良かったじゃないですか。このまま送りますからちゃんと抱いて、ほら」
 ヴェデッドの娘から猫を引き取って渡した途端、ザップの顔面に無数のひっかき傷を作った。
「こンのクソ猫野郎ーッ!?」
「オォイ!せっかく見つかった猫に怪我でもさせたらアンタ明日から女の子だぞ!」
「うおおおおおおオレのフリーダムマグナムがあああああああぁ」
 かといって猫を納めるゲージも何もない計画性のない二人のことだ。このままタイムアップでザップの人生が終わるかと思われたとき、これまた面倒見の良い女性が救いの手を差し伸べた。
「あの、よろしければ車で一緒にお連れしましょうか」
 やめたほうがいい。行き先はどうせ子供の教育上よろしくない場所だ。ザップに辞退するよう睨みを向けたが、今回ばかりは俺から目を背けてヴェデッドの足元の地面に額をこすりつけた。
「こんなもの助けなくたっていいんだよ。家族でどこかへ行く途中だったんだろう?」
「いいえ、食事をした帰りでしたから、これぐらい遠回りにもなりませんわ」
 まったく迷惑と思っていない様子でザップを車に乗せてくれるので、ヤツの尻ポケットと自分の懐から出した多めのチップを渡して見送った。ヤツの手持ちなんか微々たるものだったが。

 異物を混入した暖かな家族の車を見送ると、少年と二人で路上に取り残された。
 彼もまたザップを押し付ける罪悪感や心配で同行しようか迷っていたようだが、スクーターを置いていくわけにもいかない。この街で放置したものが手元に戻ってくる確率はかなり低く、旧式のスクーターといえどアルバイトをして故郷の妹に仕送りまでしている彼にとっては手痛い出費だ。かといって上司である俺に気安く頼める性分でもない。
 車が角を曲がって見えなくなると、肩の荷が下りたため息を一つついてスクーターのハンドルを握った。
「じゃあ僕はこれで……」
「ああ……いや、少年、その顔はどうした」
 ザップのことで指摘が遅れたが、彼の幼さの残る顔はボコボコニ腫れ上がっていた。この街で彼のような非力なタイプには珍しいことではないが。
作品名:Dinner after the party 作家名:3丁目