Dinner after the party
「えっと、その、色々ありまして……」
案の定、つまらない輩にカモにされて殴られた挙句有り金すべて巻き上げられたというから呆れ果てる。
弱さを馬鹿にするわけじゃない。むしろ、彼は力を持っている。腕力や銃の腕前のことじゃない。
他人の視界を支配する能力を持つ“神々の義眼”――それが彼の武器だ。敵の目を欺くことだってできる。隙を作って逃げるぐらい造作もないはずだ。
だけどそれをしない。それは大きな代償を払って望まないのに与えられた力だから。自分のためには使いたくないのだと聞いたことがある。望もうと望むまいと、得てしまった強力な能力を使うたびに新しいリスクを負うわけじゃない。使い過ぎなければかなり便利な力だ。それでも彼は呆れるほど頑固なのだ。
おかげで苦笑いした口元にはあるはずの歯が一本なくなっているし、腹は情けない声を挙げている。
「…………これからもう帰るのかい」
「はい、財布もないから家で大人しくしていようかと」
「じゃあ、うちに寄って食事をしていかないか。余り物ですまないが、こちらも色々あってね。一人じゃ食べきれない量残っているから、一緒に片付けてくれると助かる」
二人でもどうかという量だったが、なんなら明日の分に持ち帰らせてもいいだろう。そろそろ全てのケリがついて家は無人になっている頃合いだ。
「え、いいんですか……?」
「何をそんなに驚くんだ」
「いえ、だってその……あんまりプライベートに他人を踏み込ませたくないタイプかと思ってたんで」
遠慮がちに言うのも無理はない。私生活を恥と一緒に垂れ流しているザップなどとは違うし仕事の仲間にも沢山の秘密がある。全幅の信頼を置いている我らが秘密結社のリーダーにさえもだ。
「そんな風に見える?」
「はい、いや、あのぉ……」
「ハハッ、冗談だよ。別に俺だって人を家に上げることぐらいあるさ。誘っているのはこっちだから遠慮するな」
まだ躊躇いが残る少年を腹の虫が急かした。
「決まりだな」
玄関を開けるなり「はー」だの「おー」だの感嘆符を飛ばしながらキョロキョロする。
「さすがスティーブンさん、いいとこ住んでますね」
そりゃあ貧乏アルバイターのボロアパートに比べればね。
「食事の前に顔を洗ってくるといい。タオルはそこ」
勧めてから服も髪も埃っぽいのを思い出して着替えを見繕った。
「注文が多くてすまないがシャワーも使ってくれ。この着替えは着て帰っていいから」
とはいえ小柄な少年に合う服などないので父親の服を盗んだ子供のようになってしまうだろう。車で自宅に送り届けるところまで面倒を見ることが決定した。
烏の行水で出てきたレオナルドは裾も袖もかなりまくり上げ、スラックスのウエストを手で押さえていた。
「ふむ。半袖を出してやれば良かったかな」
「そりゃあご親切にどうも!」
あんまりにも動きづらそうだったのでソファに座っているよういいつけて、あちらこちらのテーブルに並ぶ料理を大皿に集めて差し出した。酒は新しいボトルを開けた。
「パーティーだったんすか」
「そう。途中でみんな退場してしまったけどね」
どんなパーティーだ。そんな顔をしているが、そこに面倒くさい事情が潜んでいることは十も承知で追及はしてこなかった。もしかしたら俺はまだがっかりした表情をしているのかもしれない。彼もまた優しい子だ。
横並びで座ってささやかな乾杯をすると、手当たり次第にかじりついた。
「これ美味いッス!」
「だろう?ヴェデッドの得意料理でね」
「こっちのスープも?」
「それはほとんど俺が作ったやつだよ」
「ええ?!料理できるンすか!」
「簡単なものならね」
「簡単だなんて、すごい美味いッスよこれ!ザップさんなんかカップヌードルにお湯そそぐぐらいしかやりませんよ」
「クラウスならパスタぐらい作れるよ」
表裏ない顔で褒めちぎりながら次々と皿を空けていく。気持ちよく食べつくすのが料理を作った人間への最大の賛辞だというのをよくわかっている。この子はいい家庭で育ったんだろう。
まだ余裕がありそうだったから、彼が遠慮しないようとってきた自分の分の料理も差し出した。用意はしたが、あまり食欲はなかったからグラスばかり空けていた。
さすがにすべての皿が空になることはなかったが、テイクアウト用に包んでやると、明日の朝ヴェデッドをがっかりさせない程度には片付いた。
こんな小さな体のどこに入っているのか。ぶかぶかのシャツの上からでは見当もつかない。
腹が落ち着いたら送ろうと思って一度ソファを離れて戻ると、満腹とひと悶着もふた悶着もあった疲れが出たのかソファに涎を垂らしながら寝入っていた。まったく、彼なりに重い覚悟や使命を負ってこの危険な街に単身やってきたくせに、こういうところは見た目通り子供なのだ。毛布を運んで涎を拭ってやる。親っていうのはこういう気持ちなのだろうか。指で掠めた頬が暖かい。
安らかな寝顔を眺めているのが意外と悪くなくて、自分用に毛布を膝にかけて横で本を読んだ。今夜は一人になりたくなかったから。
「おはようございます旦那様」
きっちり約束の時間にやってきた家政婦は部屋に漂うコーヒーの香りで主人がすでに起き出していることを知った。
「おはよう、ミセス・ヴェデッド。昨日はすまなかったね」
「とんでもございませんわ。今片付けと朝食の支度をしますわね」
「ああ、朝食は自分で支度しているから片付けの方を頼むよ」
すぐにてきぱきとパーティーの片づけを始めた彼女はソファの上に毛布の塊を発見した。
「あらあらあら」
ダイニングテーブルには二人分のトーストが並べられている。
「珍しいですわね。お客様が泊まっていかれるなんて」
「なりゆきでね。でも、たまにはこういうのも悪くなかったよ」
シンクに山積みの皿を運んできた彼女がサラダにスライスしたラディッシュを混ぜる俺を見つめて微笑んだ。
「今朝もいいお顔をしていらっしゃいますわ。昨晩はどうしたのかと思いましたけれど」
「そう……君が言うならそうなんだろうね」
そして思いついて尋ねた。
「今度サンドイッチを二人分作ってくれるかい?彼が君の料理を気に入っているから今度仕事の昼にもご馳走したいんだ」
きっと残さず美味そうに食べてくれるから。
平和で普通なそんな姿を見たいと思うんだよ。
一昨日でも駄目、明日でも駄目。そういう日に彼はタイミングよくやってきた。きっと理由はそれだけのことだ。
作品名:Dinner after the party 作家名:3丁目