二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

久しぶりの晩餐

INDEX|1ページ/4ページ|

次のページ
 
扉の閉まる音を合図に上司が呼ぶ。自分は報告書から顔も上げずに。
「レオ、今日のランチの予定は?」
「特に決まってませんけど」
「じゃあ空けておいてくれ。ヴェデッドお手製のサンドイッチがあるんだ」
 そんなお誘いにも随分と馴れてすぐに了解した。
 どういうわけだかこの人は俺に物を食べさせるのが好きなのだ。

 妹と暮らしていたころにも「ご飯はちゃんと食べないとダメでしょ!」と言われたことがある。
 一人暮らしになった今では当然、定期的に財布が厳しくなることもあって、腹さえ減らなきゃ平気で食事の時間をスルーする。
 それを妹に知られたらまた言われてしまうだろう。
「人間ちゃんと食べないと幸せになれないんだからね!」

 その点、物好きな上司に誘われる最近は満足な食生活が出来ている。
 それというのも懐が寂しくなるタイミングを完璧に把握されていて、食費を削り出す頃になると決まってディナーに招待される。上司・スティーブンさんの家を訪れることにも馴れた。
 最初は公私をきっちり切り分け不用意に首を突っ込めばただではすまなそうな、つまり、ビジネスライクで冷たい人のような印象だった彼の自宅に誘われて緊張した。
 何もかもが自分の生活レベルからはかけ離れて高価そうな代物だったし、それでなくても彼の家のレベルに見合うマナーなんて身についちゃいない。まあ、そんな完璧な振る舞いなんか期待されてもいなかっただろうけど。
 でも、最初に招かれたその日には招かれただけの理由はあった。
 仲間とはいえ訊ねて悪いこともあるから詮索はしなかったけど、どうやら忙殺された疲労ピーク時にクソみたいな事件に駆り出されるよりも滅入らせる何かがあったらしいのは分かる。それも笑い飛ばせないヤツだ。
 奇遇ですね。僕もです。
 その日は本当にツイてなくて、妹へ仕送りするために通帳を持ち歩いていて、そんな日に限って街の外から来た性質の悪い“おのぼりさん”に当たってしまった。
 そんなピンチのときに同僚を見かけたのに無視されて心まで折れた。
 金だけはどうしても取り戻さなきゃならないから、あんまり好きじゃないけど武器を仕入れて連中に立ち向かったらあっけなく返り討ち。
 見るからにボコボコのジャガイモ状態で失った金の工面や、自分の非力さについて考えては落ち込みながら歩いていたら、クズに輪をかけてクソなヤク中下半身野郎に捕まって、自分だって大変なのに猫探しなんかさせられた。そのドタバタで少しは気も紛れたけど。
 生活費に残している金だけでも仕送りして、申し訳ないけど光熱費のかかることは事務所で済ませさせてもらえないかなんて情けないことを思っていた時だ。
 普段固い氷の仮面で穏やかそうに歪曲させた表情しか見せないような、どうも親しみづらいところのある上司と鉢合った。心なしか氷の仮面が薄く溶け落ちたような顔で。
 いつもと少し様子の違った上司はすかんぴんの腹ペコ部下を拾ってシャワーと食事を腹いっぱい与えてくれた。捨てる神あれば拾う神あり。
 なんと、食後にうっかり眠り込んでしまったまま朝食までご馳走になって家まで送られた。面倒くさいヤツだと思われて二度と誘われない可能性もあったけど、そんな予想を裏切ってちょくちょく食事に誘われている。
 あ、ちなみに奪われた通帳は一度見捨てられたと思った同僚が「拾った」と言って渡してくれた。本当は何とかして取り返してくれたんだ。拾う神様は二人もいた。
 ボコボコの俺を見ても自分の股間の心配ばっかりで一言の労わりもなかったクソ野郎の下半身は残念ながら助かった。もがれてしまえばよかったのに。
 とにもかくにもそういうわけで、スティーブンさんちの家政婦さんともすっかり顔馴染みの俺である。

 暴れまわっていた魔獣が細かな肉片にイメチェンした際に被ってしまった飛沫と爆風でドロドロのまま高級マンションの一室にお邪魔する。
 ライブラのことを知らない家政婦のヴェデッドさんがいるのにそんな血生臭い格好でいいのだろうかと最初は心配したのだけれど、なにしろここはHLだ。ちょっと表を歩けば強盗だの爆発だの大量殺人だの、いくらでも出くわすし巻き込まれる。道で小銭を拾うより確率が高い。
「いやぁ、ちょっと運悪く魔獣退治騒ぎの近くにいちゃいまして」
 近くどころかほとんど中心にいたのだが、あんまり嘘はついていない。実際俺は戦闘要員じゃないので野次馬と大差がないのだ。正真正銘の野次馬と一緒になって突っ立っていたらライブラの仲間たちの倒した魔獣の体液を浴びてしまったわけで。
「まあ、それは大変。すぐお召し物を洗いますからバスルームへ」
 いつもスイマセン。普通にきれいな格好でお邪魔する予定が、いつものトラブルメーカー堕落王の暇つぶしがアレでソレで。ちなみに一緒に現場にいて闘っていたスティーブンさんは何故か俺より被害がない。氷漬けにする戦闘スタイルのお蔭なのかどうかは定かでない。
 こうしたことは今日に始まったことじゃなく、ディナーに向かう途中でボロボロになってしまった日にはお風呂まで借りるのが慣例になっている。さすがに悪いとは思うんだけど、汚いままでピカピカに保たれているソファに座る方がヤバイ。
 家主のお言葉に甘えて全身丸洗いして、最近はこんな事態を見越してバッグに詰め込んでいる着替えを身に着けて食卓を囲む。
 あまりかさばらない服となると薄手のシャツとハーフパンツなんていう完全に部屋着しかない。風呂上りに部屋着でソファに座ると本当にこの家の住人みたいだ。
 そんなだらしなさも家主に許されているからだけれど、我に返ると、何してんだ俺。
 スティーブンさんにとって俺は友達でもないだろうし、まして家族でもない。間柄は上司と部下だけど、ライブラの中でも日の浅い方だ。こんなに良くしてもらう理由なんて思い当たらない。
 それなのに一方的に面倒を見てもらって、正直金欠のときはかなり助かってる。俺から返せるものは何もないのに、やっぱりこういうのに甘えきってるのはダメだろう。
「おーい、レオ。ちょっと鍋見ててくれるか」
 呼ばれてすぐにキッチンへ向かった。トマトスープの鍋をかき混ぜる仕事を仰せつかった。
 隣では上機嫌の―最近本当に機嫌のいい時ってのが少しわかるようになった―スティーブンさんがチーズをすりおろしている。まだヴェデッドさんはいるんだけど、自分で料理をするのも好きらしい。意外とエプロンが似合う。
 この間この話を良心的な同僚にしたところ「親子みたいですね」とコメントされた。彼自身にはそんな家族はいないんだけど、映画で母娘が一緒にキッチンに立っているのを見たんだそうだ。それお母さんと娘の話じゃん。
 ついでに故郷の父は家事はてんでダメで、母からキッチン立ち入り禁止令が出ているのでイメージと違う。
 名前のついていない関係ってちょっと落ち着かないってことを最近知った。

 その月はとても忙しかった。
 一難去ってまた一難、ひっきりなしに重大な事件が発生しては駆り出されていたお蔭で表のバイトはあんまり入れられなかった。ピザの配達より世界の危機が優先なのは仕方ないんだけど、時給制のバイトを休むってことはその分のバイト代が入らないってことだ。
作品名:久しぶりの晩餐 作家名:3丁目