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久しぶりの晩餐

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 あぁ、来てよかった。
 路地の入口に滑り込むようにして車を停め、小さな影に覆いかぶさろうとぬらぬらした皮膜を広げていた異形を捕捉する。
「エスメラルダ式血凍道・ランサ デル セロ アブソリュート」
 放った氷の槍が敵を貫いて触れたところから氷結させる。一瞬でご自慢の皮膜の先の爪まで凍り付いて、何が起こったのか確かめようとした首の動きをきっかけに脆い氷像は崩壊した。
「す、すすす、すてぃーぶんさん……ッ!」
 細かな氷の粒になって降り注ぐ下から震える声が聞こえて、やりすぎたことに気づく。力の加減を少し誤った。巻き添えを食ったレオナルドが凍えている。
「大丈夫か。怪我は?凍傷は?」
「し、霜焼けぐらい……です」
 冷たい手を取って引き上げると、反対側の腕に抱えていた紙袋から亀裂の入った大玉のトマトが零れ落ちた。見ると他にも路上に野菜が散乱している。
「こんなところで何をしていたんだ君は。もうちょっと自覚を持て」
「スイマセン……」
「食料だったらこれからうちで食べるんだから―――」
 そこでふと気が付いて、散乱している野菜を再び数え上げた。蔕の際まで真っ赤な潰れた肉厚トマト、ズッキーニ、折れたセロリ。見覚えのある品揃えだ。
「まさか、ヴェデッドにお遣いでも頼まれたってのか」
「ちが、違います!」
「でも一度うちには行ったんだろう?」
「はい……その、ヴェデッドさんにレシピを教わってたまには俺がご馳走したいと思って……」
「買い物ならヴェデッドが済ませてるはずだ」
「それじゃ結局スティーブンさんの奢りじゃないですか!でも予算が厳しかったんで、なるべく安い店で……と思ったんですけど」
 どういうルートで仕入れているのか、この路地の奥に格安のスーパーマーケットがあるんだそうだ。恩返しのつもりでウキウキ買い出しに出たらお約束的にピンチに陥って、結局余計な手間をかけさせたと。しかも折角買い込んだ材料は半分以上ぐちゃぐちゃになってる。
「迷惑ばっかりおかけして、本当にスイマセン」
 寒さだけではない鼻水が鼻の穴から覗いている。さっきまでは迂闊さを叱るつもりもあったのに、これじゃあ小言の一つも言えないじゃないか。
 中身が減っても大事そうに抱えた紙袋を取り上げて車に置いてまた路地を戻る。取り上げたところまでは黙って見送ていたのに、戻ってきた俺の行動が読めなくなったレオナルドが疑問符をまき散らしていたので、肩を抱いて路地の奥へ促した。
「あの、俺もう手持ちがなくって」
「いいかレオナルド。足りない材料費は出資するけど、作るのは一から十まで君一人だ。野菜を洗うのも鍋を混ぜるのも盛り付けまで全部だぞ」
「でも……」
「こっちは何日もろくなもんを食べてない。胃に優しいやつを一つ頼むよ。疲れてるんだ。これ以上は“でも”も“だって”も聞きたくない」
 手を添えたままの肩が小さく上下する。おいおい、何で泣くんだ。君も俺も心底疲れているけど、きっともう悲しいことは何もないよ。

「へい、おまち!」
 ラーメン屋の店主みたいな掛け声で並べられたスープ皿には熱々のスープ。トマト色の中にゴロゴロした野菜とベーコンが顔を出していた。
「私まで頂いてよろしいんですの?」
 遠慮がちにイスに座ったヴェデッドがスープと俺とシェフの顔を順に見る。
「いいんだよ」
 糸目のシェフも力強く頷いた。
「それじゃ俺は失礼してお風呂いただきます」
「ああ、ゆっくり暖まっておいで」
 帰って真っ先に体を温めるように言ったんだけれど、それを承知しなかったのだ。まったく頑固で困る。だから彼がトマトスープを作り上げる時間に合わせてバスタブに湯を張っておいた。
 座って落ち着くのが居心地悪そうな家政婦と一緒にスープに手を付けた。彼女から教わったレシピで作ったはずだが、全く同じ味にはなっていなくて、新鮮さと懐かしさが胃にしみわたっていく。
 この家でヴェデッドの料理を食べていた時に彼が妹の話をしてくれたことがある。
『人間ちゃんと食べないと幸せになれないんだからね!』
 そのセリフはもっともだ。だけどその中にも特に幸せな食事って言うのがあるんだ。どこのトラットリアでも食べられないやつが。
 そんな特別な時間を与えてくれる相手を、どんな名前で呼べばいい?
作品名:久しぶりの晩餐 作家名:3丁目