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閑話休題:押すなよ絶対押すなよ

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長い脚を組み替えながら彼女は長い長いため息を吐いた。
「なんでまた腹黒男と二人で待機なのよ」
「仕方ないじゃないか、今夜は誰しらが夜勤の予定だったんだから」
 別に誰が残っても良かったし、二人以上でも良かった。ただ現在エイブラムスが滞在していて、久しぶりに会った同志と親睦を深めると言ってクラウス、ザップ、レオナルド、ギルベルトの四人を連れて出て行ったのだ。
「ザップなら喜んで代わってくれたと思うけど」
「それ以上ふざけたらぶっ放すわよ」
「エイブラムスさんの腕が二本だったことを神様に感謝しようじゃないか」
 今夜の内訳は右にレオナルド、左にザップだ。クラウスとギルベルトは首を抱え込まれなくても同行している。
 どこの店に行くのかは知らないが、隣の店のキッチンが整備不良で発火したりザップの目の前に来た皿の煮魚からどうやって海中で飲みこんだのか想像もつかないサイズと鋭さのガラス片が発見されたりするんだろう。エイブラムスと飲みに行った過去を思い出すと胃もたれがしてくる。
 ライブラでは若い連中に辛い仕事をさせるような年功序列のしごきなどはないが、この件については別だ。上手いこと逃げられない奴らが悪い。社会勉強と思って吸血鬼対策のエキスパートから為になる話でも聞かせてもらうといい。代わりに明日はなるべく非番にするから。病院に担ぎ込まれており非番でなくても出勤できない可能性もあるが。
 その点では今夜予告されている事件が実際に発生した方が二人にとっては幸運なのかもしれなかった。
 今夜は新興宗教団体が集会を予告しており、不審な麻薬や武器の流れから注意深く監視しているところなのだ。とはいえ団体自体の規模はそれほどでもない。戦闘員二人もいれば勝算は十分だった。もし予想より面倒だったらすぐに他のメンバーに招集をかける。ザップたちは不謹慎にもそれを願っているのだ。
「何を言ってるんだ、穏便に済むならそれに越したことはないだろう」
 そうたしなめると「俺たちの平和は守られない」だとかなんとかうるさかったが、上司の奢りで飲み食いできるのだからいつも金のない若者は遠慮なく世話になるべきだ。
 その間年長組はこうして事務所待機という夜勤をしながら新人の土産のピザを摘まむのである。
「レオッちは本当できた子だわ。ザップッちが何か差し入れ持ってきたことなんかないもの」
 今日は日中から特にライブラとしての仕事がなく、一日ピザ宅配のバイトをしていた彼が呼びつけられたのは夕方のこと。バイト先から直行したついでに持ってきたピザを置いてエイブラムスに連れて行かれたのである。俺としてもK・Kに嫌味を言われながら食べるより差し入れ持参で職場に顔を出す出来た新人と食べたいところだが、自分がエイブラムスの“豪運”の陰でまき散らされる不運の餌食になるのは御免なので暖かく送り出してやった。
 自宅でピザを焼くことはあるが、デリバリーのピザは久しぶりだ。最近は野菜をたくさん摂ることにしているが、ピザチェーンのピザにはあまり期待が出来ないので。
「ドギモピザって他はあんまりなんだけどチーズは美味しいのよね。どこで売ってるヤツなのかしら。やっぱり業務用だと普通には買えないのかしら」
「レオに聞いてみたら?」
 伸びのいいチーズがK・Kの口元でプツンと千切れた。齧った一口を咀嚼して飲みこむ間があって、何が癇に障ったのか片目で睨まれる。
「ねえ、あなた最近あの子とどうなってるわけ?」
「どう?特にこれといって何もないけど」
 ただ最初に比べたら随分と親しくなった。先日は誘われたのであまりやらないテレビゲームをやって三戦目ぐらいで勝てるようになり、勝てるつもりで小賢しく誘ってきたらしいレオナルドの自信を完膚なきまでに叩き潰してやった。大体なんでも器用にできる方なので、馴れてしまえばゲームの腕前も普通な少年に勝つのは雑作もないのである。尚、「今度は別のゲームを持っておいで」と言ったら断られた。
「何もないわけがないでしょう?!家に上げて泊まらせてることもあるそうじゃない。あなたが!あなたがよ?!」
 本人を目の前にして酷い言い草だ。面と向かって僕にそんなこと言うのは君ぐらいだ。
 しかもどうやら妙な勘違いをしている。具体的なところを言うのは子供相手のことなので憚られるようだけれど、目が明らかに性犯罪者相手のソレだ。仮にも背中を預けることもある同僚相手に何てことを考えるんだろう。
「普通に一緒に用意した食事を食べて会話したり、映画を見たり、時間が遅ければ夜道を帰すのも危ないからベッドを提供してるだけだよ。そんな怖い目で見られる謂れはない」
「それが不審だってのよ。歳も離れすぎてるし話だって合うとは思えないし、第一そんな付き合いしてること、みんなの前ではおくびにも出さないじゃない」
 ビシッと音がしそうな勢いで人差し指を突き付けられた。彼女はレオナルド少年の心配をしているのかな。それとも昼ドラ感覚の好奇心という可能性もある。
 だがしかし、指摘はなかなか鋭かった。こういう面倒なことになるのが分かっているので必ず二人きりのときに誘うし、彼も暗黙の了解でそれに従っている。確かに秘密の逢瀬とくれば怪しい想像も捗るだろう。女性の想像力は逞しいものだ。
「こっそり家に呼んで水入らずで料理してごはんしてお喋りして映画見てお泊りって完ッッッ全におうちデートじゃない!爽やかな恋愛とかわかんなそうなあなたには不似合いなほど絵に描いたようなお付き合いよ!!」
 失礼だな。女性の家で手料理を食べたことぐらいはあるし映画もある。セックス抜きに泊まりはないが。逆に言えば少年とはそういう関係なしに交流を続けているのだから邪推は的外れじゃないか。それでもK・Kはこちらの言い分を信じていないのでヒートアップするばかりだ。
「違うって言うなら今後も道を踏み外さないことね」
「ご心配なく。彼のことは気に入ってるが僕はゲイじゃないから」
「そうね。レオッちも普通に女の子の方が好きみたいだし?」
「へえ」
 当たり前すぎて特に確認したこともない情報だったな。
「この間すっごくカワイイ女の子と歩いてたし」
「それはすみにおけないな」
「腕なんか組んじゃってそりゃもうデレデレしてたし」
「それはそれは」
「手が止ってるわよスターフェイズ」
 視線を落とすと一切れに手をかけたまま口に運ばず、箱の隅に置いたままだった。咄嗟に一度手放して、なんだか狐につままれたような気持ちでピザを拾い直して口に運んだ。あんまり美味くなかった。元々チェーン店のピザに期待はしていないからいいのだけれど。
「いいことじゃないか。もし本当に付き合っているのなら一応安全確保のためにも教えておいてほしいものだけどね。いや、GPSをつけさせている立場上悪いとは思うんだけど」
「何動揺してるのよ」
「してない」
 手に残ったピザをコーヒーで押し込んだ。事務的にもう一切れ取る。今食べる手を止めてはいけないのだ。まったく美味くないが、レオナルドが持ってきてくれたものを残すわけにもいかない。
「あなた前にレオッちのこと家族みたいに言ってたけど、ウチは息子にカワイイ彼女が出来るのは大歓迎よ。祝福する。あなたのはきっとそういうんじゃない」