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靴ベラジカ
靴ベラジカ
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魔法少年とーりす☆マギカ 第八話

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 熱気に満ちた昼下がりのときわ町住宅街を抜け、身振りも構わず中心街へ駆ける長髪の少女が一人。 協力依頼の連絡はエリゼベータの元にも届いていた。
 コピー魔女達の生みの親はフェリクスで、ローデリヒがそのグリーフシードを養殖していると言う、衝撃的な事実を叩き付けられたと思ったら、今度はときわ町で魔女誕生のパンデミックが起きるかもしれないからグリーフシードの回収と警戒に協力しろ? こっちの事情も知らないで言いたい放題、勝手すぎる。
 ローデリヒによる魔法少年十字軍の方針転換と、夜を怖がる彼の不審な単独行動に不穏を感じて、ときわ町魔術部にコンタクトを始めに取ったのはエリゼベータからである。 しかし飽くまで魔術部との交流も、ジェム浄化システムの開発か順調か否かを知りたいが故のビジネス的なものであり、彼女のイオンへの敵疑心はそのままであった。 今は魔女の気配など感じない。 魔女誕生の同時多発など口から出任せなのではないか。 しかしそれらしい否定の材料が見つからない。 
 知らせるか知らせまいか。 ローデリヒに不信感を抱いたエリゼベータは迷いに迷い、結局連絡だけはする事に決めた。 接続中の連続短音。 一分近く経って漸く、回線が繋がった。
 僅かに聞こえる【カルメン】の【第一幕の為の前奏曲】、【トレアドール(闘牛士)】。 名の通り冒頭に演奏される他、最終幕で闘牛士に心を移したヒロインを見、嫉妬に狂った主人公が彼女を刺し殺すと言う悲劇的な結末に向かうクライマックスに演奏される楽曲でもある。 不安を煽るヴァイオリンの早弾き。
 《最後に… あなたと話をしたいと、思っていました》
 途切れ途切れの拙い発音。 様子は既におかしかった。
 「ローデリヒさん! フェリクスちゃんの力で作らせた、グリーフシードを養殖して、そのグリーフシードが濁り切ってパンデミックが起きるって、どういう」
 《ついに始まるの、ですね》
 「始まる? 貴方は知っていたんですか!? 知っていたのに、どうしてこんな酷い事」
 《最初は私も、何も知らず… ただ、【彼】に頼まれる、ままに。 手を貸して、いました》
 「手を貸す、それって」
 《少しずつ、少しずつ。 何かがおかしい、何かがおかしいと、思っていたのに。 友人の為だと、疑問を、飲み込んでいって。 気付いた時には、もう崖の、上、手遅れに、なって…いました》
 通話相手の絶え絶えの息。 少女は異変に気付いた。 ローデリヒが危ない。
 「今は、今はいいです! ときわ町が危険なんです、ローデリヒさんも逃げ、」
 《エリゼ、ベータ。 貴方は、友人を、連れて逃げ、なさい》
 「何言ってるんですか! ローデリヒさんが居ないと困ります、だからお願い、一緒に来て」
 《目の前で、命の恩人を、失って。 アントーニョ。 アーサー。 フェリクス。 もちろん、貴方、エリゼベータも。 貴方達を、失うのが、とても怖く、て。 沢山の人、びとを、命を、私は奪っ、てしまいまし、た》
 クライマックスが近づいていく。 僅かに聞こえる背景音の中、バイオリンが激しく掻き鳴らされる。
 《許して、ほし… なんて、おこがま…い、事は。 望み、ませ…。 私は、魔法少ね…十字ぐ、にとって、の、アレクサン…リ、の、商人で、構わな、》
 ひき付けた様な呼吸音。 風前の灯の様な、弱々しい声が小さく啼いた。
 《貴方たち、に…、汚め…を、か、せな…為、に。 私…、死、ま》
 「お願い、ローデリヒさん! しっかりして!」
 エリゼベータの目から、声から、心から、大粒の、滝の様な涙が零れた。
 《今、で、済みま、ん、でした…。 エリ、ベー…、貴方と、出逢え… 私、は―》
 伴奏のトレアドールは演じ切られた。 ガラスの様な小さな破砕音。 数拍を置いて、
 「ローデリヒさん! しっかりして! お願い、ローデリヒさん…!」
 通話は切断された。

 ローデリヒ宅ダイニング。 彼の母は息子の異常に気付く事は無く、昼食後の洗い物に没頭していた。 モダンな印象の高級ダイニングチェアーに仰向けにしな垂れ、目を見開き微動だにしないローデリヒ。 テーブルの片隅で彼のソウルジェム、ライラックの魔石、 ―彼の魂は、白銀の厳格な意匠のナイフでテーブルに縫い付けられ、周囲に惨たらしいまでに穢れ切った黒紫の破片が散っていた。
 魔法少年の遺体はあまりにも、穏やかで抵抗の爪跡も無い、静かな最期を物語っている。
 少年の私室から、くぐもった音が反響し僅かに漏れる。 酷く重い切断音。 続いてドアノブが声にならない悲鳴を上げ、折れる音の後、静かに扉は開かれた。
 柔らかくマットなムーンストーン様の卵型が、肉のついた大きな手の中指に収束し、銀の指輪に姿を変える。
 生気を感じられない程に澄み切った、紫の瞳。 聞き飽きた前奏曲の演奏を停止し、不安定な歓びに緩くカールする淡い金髪が揺らめいた。 彼を縛る物は最早何もない。 ほんの数分前に縛る物全てが消えたのだから。

 久しぶりの、自由で不自由で幸せで不幸せで平等に不平等で愛おしくて恨めしい檻の中。
 イヴァン・ブラギンスキはただ嗤った。