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雪の降る町

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遠くに見える教会の十字架が白い。針葉樹の並木も赤い家の屋根も。
 雪降る季節は往来が少なくなって、道路は子供たちの貸し切り状態だ。足元が滑るのも厭わず教会に向かって駆けていく。
 みんなどんどん自分を追い抜いて、上手く足が進まない自分はついには転んでしまった。それなのに誰も待ってくれない。ブルネットのかわいいあの子さえも。
 悔しくて惨めで、もう帰ってしまいたいと思う心と「ダメだ」と急き立てる心が不自然に共存する。
 民家の屋根の赤い部分がみるみる白に置きかわって早回しのような時間経過を当たり前のように感じていた。
 そして教会の鐘が鳴る。耳をつんざくような酷い音で。

 目を覚ましたのは仮眠室のベッドの上だった。
 電話のベルが鳴っている。急に頭に流れ込んできた現実を冷静に処理しながら報告を受けた。
 パソコンがなかなか起動しない。自分の頭より劣る機械の僅かなタイムロスに不満を抱きながら、紙にメモを取った。
 その間にやっと起動したパソコンでメールを開く。そこに添付されていた画像を確認して夢と現実がわからなくなった。
 雪の降る町の白い教会から出てきた男そっくりの絵がそこにあったのだ。


 ◇ ◇ ◇


 ヘルサレムズロッド、ここは昔ニューヨークだった。
 今ではロンドン顔負けの霧の街。晴れ渡る空と縁がないせいか、以前よりも平均して気温が低い。
 その日は特別寒かった。少ない荷物で引っ越したレオナルドはコートがなかったのでインナーを重ね着して表に出た。そのまま服を買いに行きたいところだったが、それをやると食費と光熱費のどちらかが足りなくなる。すでに家賃は滞納しているし、気合で我慢できることならば我慢するべきだ。
 スクーターに乗ればハンドルを握る手が凍るけど大丈夫。気の持ちようだ。寒くない。温度計も見なかった。シュレディンガーの猫だ。気温表示を見るまではまだ20度程度の可能性も残っている。20度なら全然寒くない。コートも手袋も必要ないから大丈夫。大丈夫ッたら大丈夫だ。
 鼻水をすする彼の冷え切った手に白い綿毛のような結晶が落ちる。
「…………え、雪?」
 音もなく落ちて溶けて消える視覚の暴力によって心が凍えた。
 速く暖かい屋内へと急げば顔面に吹き付けてくる。貧乏に寒さのダブルパンチは心を折られるから勘弁してくれ。
 すがる気持ちで職場に駆け込んだ。暖かな部屋の中へ。
「おはようございます……」
 語尾におまけで鼻水を啜る音。
「おはよう少年。……なんだい風邪ひいたのか」
 心配よりも呆れたような調子で上司が執務机から顔を上げる。いつもなら朝はわりと余裕があってお茶なんか飲んでるのに、今日は卓上に書類を並べていた。
 まばらにメンバーが屯っているので緊急性高い事件発生というわけではないが、何かあったんだとすぐわかる。
「外は大変な寒さでしたね。暖かいお茶とタオルをお持ちしました」
 影のように静かに控えていた執事のギルベルトが盆にカップとふかふかのタオルを揃えてくれるのを心底有難く受け取った。これです、こういうのを期待していたんです。この街に来てからずっと一人暮らしなので、こんな時には人のやさしさが沁みるのだ。
 ここ、秘密結社ライブラの心優しいリーダー・クラウスはゲームに夢中だった。いつものことだ。大きくたくましい体に反してチェスのようなボードゲームが好きで、パソコンの通信対戦にはまっている。それも持ち時間が短く集中せねばならないとかで、レオナルドが入室しても片手間で挨拶を返したっきりだ。
 諜報担当の少女もいないし、良心的同僚である半魚人青年は隣室の専用水槽で待機中。レオナルドの先輩であり戦闘員のザップは――特に理由もなく不在だった。理由なんて大方「寒いから」とか「愛人と修羅場中」とかそんなところだ。いつものまとまりのない集団ながら、やはり何か起きているらしい緊張感がある。それはゲームで遊んでいるリーダーさえもだ。
「あの、何かあったんですか?」
 こんな時尋ねられるのはギルベルトだけだ。仕事や趣味に忙しい人の邪魔はしたくないので。
「血界の眷属に関する情報がありまして」
 なるほど。しかし情報というだけで、実際に足取りは掴めていないようだった。だからこそ情報収集に長けたメンバーが動き回っているし、そうでもないメンバーは通常招集なのだ。
「そうだ、少年にダメ元で見てもらいたいものがあるんだが」
 上司・スティーブンに呼ばれて見せられたのは絵の写真だった。毛皮のコートを着た細面の美しい男。繊細なタッチで描かれた写真のようにリアルな鉛筆画。
「この絵の男が恐らく血界の眷属なんだが」
 血界の眷属―俗にいう吸血鬼だ―は鏡やカメラに映らない。そのため絵なんだろうけど、実物を見ないことには……。
「絵を描いた子供が見た眼球から何か詳細が分からないかと思ってな」
「うーん、記憶ってことは普通の眼で見た映像を覗くってことなので、がんばってもオーラが見えるかどうかはわかんないっすね」
「だよな。でも他に現場の状況でも何でもいいから情報が欲しいんだ」
「その子からは聞けなかったんすか?」
「残念ながら、事件以来言葉を失くしたみたいにだんまりだ。代わりに突然描きだしたのがこの絵なんだが」
「じゃあどうして血界の眷属だと疑ってるんです?」
 何の気なしに抱いた疑問を投げる。この街では毎日事件が起きて、酷いショックで心神喪失状態になる人も少なくない。それら全てをライブラが追うわけではないからだ。
 それまで普段と変わらない様子だったスティーブンの纏う空気が温度を下げる。
「コイツとよく似た血界の眷属とは会ったことがあってね」
 それは自分の過去を覗き込んでいる目だった。

 内容はありふれた集団失踪事件だ。
 ありふれている、なんて思うのも悪いが、この街では日常茶飯事なのだ。
 街の隅にある小さな公園で遊んでいた子供たちが忽然とどこかへ消えて、たまたま遅れてきた少女が怪しい人影を見た、と推定されている。
 少女のすぐ後を追ってきた親が呆然と座り込む彼女と消えた子供が落とした靴を発見したのだ。その後入院した彼女が突然描いたのが、周囲の誰も知らない毛皮の男だった。
 雪で濡れた道を滑らかに走る車で連れてこられたのは見知らぬ地域だった。自宅のあるエリアより気温が低い。
「なに、防寒着がない?だからもうちょっと活動資金を貰っておけと言っただろ」
 いつもと変わらない格好で出かけようとしたレオナルドにスティーブンが大げさなため息をついた。
「いやぁ、中は着れるだけ着ぶくれてきたのであとは気合でなんとかしようかと……」
 口先でなんと言おうと急な寒さに震えているのは間違いなく歯切れが悪い。そんなやりとりをしていたら、半魚人・ツェッドがジャケットを貸してくれた。冬眠的な習性があるのか調子を崩していて、今回は留守番になったのだ。これで乗り切れると思って車に乗り込んだが、少女との面会前に訪れた現場でオーラの残滓があることに賭けて地面に手をつき非常に後悔した。
「そんなの冷たいに決まってるだろう」
作品名:雪の降る町 作家名:3丁目