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雪の降る町

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 糸目に力強い自信が漲っていた。青く輝く義眼も瞼で隠れている今、彼はどこからどう見ても小柄で非力な一般人だった。それなのに鼻水を垂らしながらも気丈で、全てなんとかなると思ってる。そんな風に見えたし実際思っているんだろう。
「自信があるんだな、少年」
「そりゃまあ、もし残されのが自分だったならヤバかったっすけど。僕、ライブラにきてからクラウスさんが負けたとこは見てないんすよ」
 レオナルドがやってきたのはライブラにとっても転機だった。少年はクラウスと一緒に何体もの血界の眷属が密封され力を失うところを見ているが、それは少年がいる現在だからこそできることなのだ。誰より非力な彼がいるからクラウスは勝てる。
「確かにそうだ」
 スティーブンは指を絡めていた手を一度離して改めて差し出した。レオナルドがスティーブンの手と顔を見比べる。
「こんなときだが言わせてくれ、レオナルド。ライブラにきてくれてありがとう」
 少年は自分より大きな手を握り返した。信頼の握手の形で、固く。

 幸いなことに吹雪は程なくして収まった。
 しかし雲の薄いところを通して見えた陽の位置からして日暮れまで時間もない。いくら天候が落ち着いていても夜の森を歩くのは危険だ。
 もし人里に出られなければ一旦小屋に戻ることを決めて外に出た。
 歩きづらい腐葉土を踏みしめ、後ろにはもちろん氷の茨を残して。
「ちょっと待ってください、この先に何かあります」
 一キロも歩いた頃に立ち止まって義眼を使うと、そこから更に二キロ先に何かとがった人工物が見えた。
「塔か何かありますね。あと多分そのへんに人もいます」
「よし、急ごう」
 ボロボロの体を支え合って足を前に出す。コンパスが違うレオナルドにスティーブンが合わせた。鬱蒼とした木立の隙間から光が差すようにして街並みが見えてきた。
「…………教会だ」
 レオナルドの見た塔のようなものがスティーブンの眼にも輪郭を結んだとき、二人は歩みを止めた。教会の十字架が道を示すように、二人の立つ森に向かって真っ直ぐに影を伸ばしていた。
 その建物には見覚えがあった。多少記憶よりも違うところもあるが、傍に赤い屋根の家があって、反対側には煙突の目立つ家がある。
 堪らず駆け出した。疲労で競歩と変わらない速度ではあったが。レオナルドも必死に追いついて夕暮れの街に飛び出した。
 森から車道に野生動物よろしく飛び出してきた二人にクラクションを鳴らして車が横切っていく。
 道の対岸で初老の女性が見つめてくるが、どうも不審者扱いだ。仕方ない。軽装で吹雪の森から飛び出してきたスーツの男と少年のコンビなんて不審がらない方がおかしい。
 通報される前にここがどこか訊いた方がいいだろう。レオナルドが声をかけようとしたとき、老女がその名前を呼んだ。
「スティーブン!」
「えっ」
「母さん……」
「えええっ?!」
 彼女は冷たい地面に崩れ落ちた。両手で顔を覆って。その姿がレオナルドにはマリーの母親と被って見えた。
 車道を渡ってボロボロのスティーブンが母親を抱き支え、母親は息子がびしょ濡れなのも気にせずにすがりついた。
 レオナルドは思いがけない久しぶりの帰郷に立ち会ってしまったのだった。


 ◇ ◇ ◇


「はい、はい、大丈夫です。っていうか普通にスティーブンさんのポケットマネーで帰れそうなんすけど」
 暖かい風呂に暖かい食事に暖かい布団でゆっくり休ませてもらって洗濯までやってもらった。きれいになった服にはセーターのおまけまでついて戻ってきた。なんでも息子が顔を出したら渡そうと思って用意していたのにちっとも帰らないままで、やっと再会したら父親より大きくなってしまっていたから行き場がないんだそうな。それがちょうど今のレオナルドにちょうどいいサイズなのだとか。何歳のスティーブンを想定して作られたものかはついに聞けなかった。
 家の固定回線を使ってやっと通じた電話でライブラに連絡を取った。例の毛皮の男は無事密封され、子供たちも解放されてケア施設に運ばれたそうだ。
「ね、クラウスさんは大丈夫だったでしょ」
 茶化すつもりで言ったら思いのほか優しい顔で微笑まれた。実家効果なのか九死に一生効果なのかはわからないが、貴重なものを拝んでしまったレオナルドは非常に動揺した。一蓮托生雪原行軍でずいぶんと距離が縮まっちゃったもんな。などと浮かれていたらすぐに「手袋の洗濯忘れてくれるなよ」と釘を刺された。いつもの何を考えているのかわからない顔で。
 ヘルサレムズロッドまでは飛行機の距離に飛ばされてしまったので、自家用ジェットだのなんだのという話も飛び出たが、スティーブンが実家を離れている間にも仕送りし続けていた多額のお金で二人分の交通費を立て替えるぐらい簡単だったので辞退することになった。ただ住み慣れた街に戻るだけだけれど、戻ったら戻ったで書類や街で勃発する事件に忙殺されるのだ。今回ばかりは留守番組に任せて急がず帰ろうという意見に、レオナルドも賛成だった。
「今度はちゃんと正面から、連絡寄越して帰って頂戴ね!」
 三十年分ぐらいまとめて世話を焼いてくれた母親に何度も念押しされて故郷を後にした。
 旅立ちの朝はヘルサレムズロッドにいては拝めないような青空で、教会の十字架も民家の屋根も子供の駆けていく路上の雪も、森の残した氷の茨もすべて融けていた。二人は雪解け水が太陽に反射してキラキラ輝く道を歩いた。
作品名:雪の降る町 作家名:3丁目