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普遍少年と変わる人たち。

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「最近紅茶にハマっててさ!」
そう言いながら彼は病室の角でポットにお湯を注いでいた。この間までは友達とジャック&ロケッツのバーガーにハマっていると言っていなかっただろうかと思ったが、その時の記憶はある事件に巻き込まれたことによって失ってしまったらしい。記憶を失う程の事件とは何なのか。何も起こることがない静寂だけが取り柄のこの病室からは想像すらも出来なかった。
 しばらくすると紅茶の香りが病室に広がってきた。
「なんていう紅茶なの?」
「あー、うーん。ごめんちょっとわからない。貰い物でさ。でも、きっと美味しいよ!お坊ちゃんから貰ったから!!」
鼻を鳴らしながら言うけれど、何かわからないらしい。全くもって不甲斐ない話だ。
「レオ、携帯鳴ってる。」
彼が放置していた携帯がブーブーと静かにテーブルを揺らす。
「あぁ、いいよ。そのままで。」
彼の顔が少し曇ったのを見逃さなかった。しかし、それをわざわざ指摘するような無粋な真似はしない。レオは何かと隠さなくてはならないことがあるらしい。追求したところで自分に何ができるわけでもないし、何かをしてあげたいわけでもない。だから私はただ気づかないフリをしている。
「ねぇ、レオそろそろうるさくなってきたんだけど……。」
「……。」
何度留守電になっても相手は電話をかけることを辞めない。さすがに病室にその音しかなければ気になってくる。
「ねぇ、レオってば。」
「……あー!もう、わかってるってば!!」
逆ギレされた。逆ギレだろう、これは。ひどい逆ギレだ。それはレオにしてはとても珍しい事であった。
 レオは手荒く携帯をテーブルから取ると、勢い良く電話にでた。先ほどまで頑なに出なかった電話にあっさりと、出たのである。電話の相手を確認せずに出たのである。
「只今、留守にしております!!またおかけ直しください!」
ツバを飛ばすほど激しく言い放っていた。きっと彼は誰がしつこく電話をかけてきていたか分かっていたのだろう。そしてその相手はきっとそれなりに親しい相手なのだろうと思った。
 「ごめん、ホワイト。ちょっと用事ができちゃった。この埋め合わせはまた今度させて。本当にごめん。」
そう言うとさっさと携帯をポケットに入れ、いつもの黄色のリュックを背負ってそそくさと病室を出て行った。
 また病室に静寂な、何も無い時間が流れ始めた。



 目を覚ませば、ついこの間まで怒号など飛んだ事のない部屋、ライブラの中で言い合いが始まっていた。
「しつこいですよ、ザップさん。」
少年は小柄なおかげなのか相当怒っているだろうにぷりぷりと可愛く怒っているようにしか見えない。
「今すぐジャック&ロケッツのバーガーが食べたい。買ってこい。」
床に転がって鼻から盛大に血を垂らしているザップがそう言った。大方またチェインの通り道にふんぞり返っていたのだろう。負けず嫌いなのか、仲が単に良いだけなのか、懲りずに二人は踏み合い(チェインが一方的に踏んでいる)が続けている。
「今回だけですからね。今度からは自分で行ってください。」
ため息混じりに少年は言い放つと、トボトボとライブラを出て行った。優しいなぁ、俺なら絶対に買いに行ってなんてやらない。
 耳障りな音を立てながら扉が閉まる。もうそろそろ立て付け的にも限界なのか、などと寝起きの回らない頭で考える。考えたところで直すのはどうせ自分ではないが…。
 「…スティーブンさん。」
わざとらしく一息溜めてから声をかけてきやがった。ザップにしてはその態度は非常に珍しい。嫌な予感しかしない。
「面倒な話なら聞く気はないぞ。」
予め保険をかけておく。いつもはそんなことをしない俺が保険をかけたのだ。流石のザップでも気づいた様子だ。
「レオの話なんですけど…。」
「面倒だな、聞かない。」
ふて寝を決め込もうとさっきまで寝ていたソファーにわざとらしく寝転ぶ。どふっという音がなった。正直少し痛かった。ソファーも買い替えなきゃなぁとまたぼんやり思う。
「あいつって、なんというか」
あのザップがもごもごと言葉を選びながら話すものだから少し可笑しくなった。そんなことをするキャラではなかったろうに。
「変わってますよね。」
「俺から言わせてもらうと、お前も十分変わり者だと思うが?」
事実、魑魅魍魎、もとい異界や人間の悪さをするやつを血で倒すのだ。変わり者だろう。俺含め。
「いや、そういう変わってるじゃなくて。もっと根本的な人間の本質的なところっていうか。」
本格的に吹き出しそうになる。ザップが他人をそんなふうに観察するなんて滅多にない、どころか俺の知るところ一回もなかったのではないだろうか?だから、笑いを噛み殺しながらでも言葉を紡いだ俺は結構立派なものだと思う。褒められてもおかしくない。
「確かに少年は変わっているな。異界の者達ともなんの偏見もなく、なんの警戒心もなく彼は友人になった。それに俺らの中心にすんなり馴染んできた。只者じゃあないよな。」
普通、人間は異界の者達に、異界の者達は人間に、少なからず偏見がある。こちらから見ればアイツらはバケモノだし、アイツらから見ればこちらもまたバケモノなんだろう。一生平行線を辿るはずのその関係で少年はいとも容易く異界の者と友人という関係を成り立てた。それは類稀なる才能すら感じることだった。
「それに少年が来てからお前も俺も、ライブラのみんなが変わった。それがいい方向になのか、悪い方向に変わっているのかはわからないが、俺は結構楽しくなったと思っているよ。」
「あいつは周りすらも変えちまうんですかね?」
「そうかもしれないな。現にお前なんかは今現在可笑しいほどに変化を遂げているよ。」
そう言うが早いか俺はソファーから起き上がり午後の仕事に向かう準備を始めた。その後ろでザップの「可笑しいってなんすか!」などという不満の声が飛び交っているが、俺の気にすることじゃあない。
 必要最低限の物をポケットに詰め、よし今から出るぞと意気込んで煙草を咥えたがライターが見当たらない。
「ザップ!」
「俺は人間チャッカマンじゃないですよ」
少々の不満を漏らしながらも彼は煙草に火をつけてくれた。こんなこと少年が来るまでは全く無かったことだったなぁ、などと思いながら煙を吹く。
 「レオが見てたら絶対に「特殊能力そんなことに使っちゃっていいのかなぁ」とか言いやがりますよ。」
「そりゃ怖いな〜。」
クククッと二人で笑った。
 あぁ、本当に俺は少年にえらく変えられたものだなぁ。そう思いながら軋む扉を開けた。



 結局あの後、僕はジャック&ロケッツのバーガーを2人分(やけくそになって食べる予定もなく自分の分もちゃっかり買ってしまった)買ってライブラに持ち帰り、何故か機嫌の良くないザップさんと食べてから、病院に向かっていた。
 「レオ、今朝ぶりね。」
「うん。今朝ぶりだね、ホワイト。」
彼女は今朝来た時と全く同じ格好でベッドに座り外を眺めていた。まるで僕が出て行ってから一ミリも動いていないみたいだった。
 「あれ?紅茶飲んでなかったの?」
「え?あぁ。そうだっけ?」