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靴ベラジカ
靴ベラジカ
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魔法少年とーりす☆マギカ 第九話「ウラル・オパール」

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「嫌ぁあぁあ!!」
 衣服を引き裂かれ露出していく姉の肢体。 粗大塵とでも言わんかの如く、金属臭の赤に打ち捨てられ動かぬ妹。 部屋中にガソリンの臭いが立ち込め、父と呼んでいた男に首を絞められ、下腹部を強引に叩き込まれた少女が、ドラムの様に途切れ途切れの悲鳴を上げる惨状。 首を切られ、流血と共に力を失って行く身体。 イヴァンは身も心も死にかけていた。
 一連が終わり、襤褸切れを纏った少女が襤褸切れの様に投げ捨てられ― 父だった男が玄関の扉を開けると同時に、可燃性の水溜りへ投げ入れられる、紅蓮。 彼らの日常が、燃えていく。 妹の身体は微動だにせず、イヴァン自身の身体も指一本曲げるのがやっと。 乾き切った喉は言葉にならない単音を、壊れた音楽プレイヤー染みて垂れ流していく。 ナターリヤ。 お姉ちゃん。 彼の心が焼かれていく。
 満身創痍の身体を引き摺り、辱めを受けた豊満な肢体を震えさせ、イヴァンの姉は外界の火が灯る方へ、フェンス一つない剥き出しの窓へと覚束無い足取りで寄った。 姉お気に入りの、銀の指輪にあしらわれていた筈の空色の宝石が、燃え尽き焦げ付いた薪の様に黒く見えた。
 「イヴァンちゃん。 ナターリヤちゃん。 にげ、逃げ」
 少女は転げ落ちていった。

 『―次のニュースです。 五日前、○○○県××市ときわ町で発生した放火事件の容疑者が逮捕されました。
 重体で発見され、近くの病院へ搬送された、イヴァン・ブラギンスキさん十四歳、ナターリヤ・アルロフスカヤさん十三歳は一命を取り留めたものの、事件の発生したアパートに同居していた容疑者の長女、イルーニャ・ブラギンスカヤさん十七歳の消息は未だ―』
 事件を報道するアナウンサーの無感情な語り口。 手当てされた首がむず痒い。 お姉ちゃんは? 家にはお姉ちゃんもいたのに。 お姉ちゃんは何処へ行ったの。 どうしてお姉ちゃんは助けてくれなかったの?
 澄み切り淀んだ紫は、病院受付のテレビ放送を茫然と見つめていた。

 「お前も、お前も私を嬲りに来たのか? 消えろ! 私はお前の物じゃない、私に触れていいのは兄さんだけだ! 死ね! 失せろ! 私に汚い面を見せるな!」
 独房の様な隔離病棟の向こう側。 覗き窓の反対側、部屋の隅でナターリヤは怯え、定期的に訪ねてくる看護婦や医者に襲いかかっては、鎮静剤を打たれ、ベッドでぐったりと無為に時を潰す一日を繰り返す。 元気だったナターリヤが。 何もかも、ぼろぼろになっちゃった。 あいつがお姉ちゃんに、酷い事をしなかったら。 こんな風にはならなかった筈なのに。
 治療を続ける妹を残し、イヴァンはその日退院した。

 住む家も無く、預金通帳一つなく。 姉手作りのマフラー一枚を首に巻き、冬のときわ町を彼は放浪していた。 謂れのない虐めとネットに飛び交う身勝手な中傷。 元いたアパートの住人には白い目で見られ、イヴァンは着の身着のまま、悲劇の起きた日の姿、ときわ中の冬服セーラー姿で、当てもなく冷たいネオンの海を漂流している。 手の感触は既にない。 手持ちの小遣いは当の昔に使い果たしていた。 利己的で軽薄に、クリスマスを祝う飾り付けが垂れ下がる商業地区。 町を行き交う人々は、誰も彼に目を留めない。 首元が血で染まった制服に、気を留めようともしない。 彼らは愉しげに笑っている。 イルミネーションに、クリスマスツリーに、帰る場所のある幸せに。 好き勝手誰かを傷つけておいて、彼らは愉しげに、世界の弱者を嘲笑っている。
 お姉ちゃんが、ナターリヤが、僕が、酷い目に遭ったのに。 なんで皆は笑っているの。 なんで皆は、笑っていられるの。
 彼の視界は淀んだ。 知らず知らずに身体は喧騒を離れ、ガス灯風の葬列を見届け、廃棄された工事中のビルの屋上に、足を運んでいた。 町を見下ろす高さ。 垂れ下がるロープに輪を作り、思考にどろりと泥が雑じる。 もう、どうでもいい、もういいや。 もういらない。 僕はこの世界に、いらない。
 絞首台に首をかけた。 凍えるマフラーが揺らめき、彼の身体は、絶命し何れ首吊りロープが引き千切れ、凍て付いた無情なコンクリに叩きつけられ屑肉になり果てる。 筈だった。 急に引っ張られる右腕。
 「なにやってんだ… やめやがれ!」
 白い猫の様な耳を頭に生やし、赤紫の目をした銀髪の男。 腰の辺りで、新雪の様に滑らかに白い塊がしなった。