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靴ベラジカ
靴ベラジカ
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魔法少年とーりす☆マギカ 第九話「ウラル・オパール」

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 「…ちゃんは、お姉ちゃんは、死んじゃったの?」
 【ギルトリー(guiltly[罪深い])、ギルト(gilt[見せかけの])・インキュベーター】、略してギルべぇと名乗る男に、すがる様にイヴァンは聞いた。 お姉ちゃんは逃げたんだ。 つまんない週刊誌も、うるさいテレビの番組も、皆僕達を置いて逃げたんだって。 少年は否定を望んでいた。
 「お前の姉ちゃんは、弟達と幸せに暮らす。 その願いを叶える代わりに、魔法少女になる契約を交わした」
 吹き荒ぶ、刺さる様な風。 イヴァンの口が半端に開く。 二人の息は白く濁っている。
 「…弟達と一緒に、逃げちまえって。 俺はただの人間には、何も出来ねえが。 その代わりに、何度も何度も警告した。 なんで逃げねぇで、ぐだぐだと。 あんなボロボロになっちまったら、そのまま魔女になっちまうって。 死んじまうって、あいつも知ってたのによ…」
 澄んだ紫が妖精を見据える。 少年の中で、確かな何かが固まった。

 「僕の願いも、叶えてくれるの?」
 ギルべぇは勘付いた。 こいつは契約を望んでいる。
 「お前は男だから魔法少年、になるぜ。 契約すれば最後、魂はソウルジェムになって、濁る前にグリーフシードで浄化しねぇと、お前も魔女になっちまうんだぞ。 それでも」
 「それでもいい」
 ソプラニスタの少年の、凍て付いた言の葉がひらめく。
 「僕は皆に捨てられちゃった。 皆が僕を、いらないって」
 妖精は高をくくっていた。 気弱そうなこの類の子供が願う事など、実際大体同じであった。 姉を生き返らせて。 家族の汚名を返上させて。 そのような程度だろうと、想像していた。
 「―イヴァン・ブラギンスキ。 お前はどんな祈りで、ソウルジェムを輝かせる」
 直後、後悔した。
 「僕の不幸を、僕とお姉ちゃん、ナターリヤの不幸を。 ソウルジェムの濁りと一緒に、皆に押し付ける力が欲しい」
 妖精は恐怖した。 見開くギルべぇの目、恐れ慄く感情とは裏腹に、インキュベーターの本能。 白い猫耳から生える触手は直立し、垂直に少年の胸元に伸びていく。
 「皆が僕達をいらないって言うなら。 僕だっていらない、弱い者虐めして喜んでる、汚い人間なんかこの世にいらない」
 「やめろ、考え直せ、よりによって、そんな」
 「そんなサービス僕にはないよ」
 死者の様に瞳孔が開き、一点を、妖精を凝視する大柄の少年。 ギルべぇが震えた。
 「僕はあいつらに復讐する。 お姉ちゃんは何も悪い事を、してなかったのに。 ふざけた暇つぶしで、お姉ちゃんを悪人に仕立て上げたあいつらに、後悔させてやる。 死ぬよりも辛いぐらい絶望させて、皆みんな殺してやるの。 人間を全部殺してやるの」
 「やめろ! やめてくれ! お前の姉ちゃんはそんな事」
 インキュベーターの触手が少年の胸倉に触れる。 白く濁った息が蠢く。 いつの間にか降っていた粉雪が、酷く憂鬱に溶け落ちては消えていく。
 「望んでないだろうね。 お姉ちゃんは、死んじゃったんだもん」
 「この願いは僕の為だよ。 僕が救われるから願うんだ。 だからギルべぇ、願いを叶えて欲しいなあ。 僕を魔法少年にして。 僕に復讐する力を。 人間達を、皆殺しにする力をちょうだい」
 気泡の無い、生気のない、機械的なピュアアイスのように、マットに輝く乳白色。 まるで月明かりの様に、光は卵型の形を取って、少年の手元に降り立った。 コロイド光の濁った白は、吹雪の様に荒々しく、雪の結晶を吹き飛ばし。
 魔法少年、イヴァン・ブラギンスキ。 第一の、イミテーション・インキュベーターは誕生した。