愛を伝える。after
何が一番悲しいって、思った以上にショックを受けている自分が悲しい。
最初からわかっていたじゃないか、あの人にとって自分が一番になることなんてないって。
お傍に居ることが出来るのならば、笑ってみせようと、苦しくても涙なんて無いものと。
「キクちゃん。」
いい年した自分を可愛らしく呼ぶ人は彼くらいだ。
はっきり言えば恥ずかしいのだけど、彼に呼ばれたら特別に思えるのだからおかしな話だ。
「キークちゃんっ。」
「はい、どうしました?」
「それはこっちのセリフだよ。」
「え?」
「…どうか、した?」
何故だろう?
今日の会議で私の傍に居たドイツさんもイタリアくんも、アメリカさんだって私の変化になど気がつかなかった。
だからてっきりいつも通り笑えてるものだと思っていたのに、どうしてこの人には気づかれてしまうのだろう。
一番気づかれたくない人なのに。
「ふふ、昨日も徹夜でゲームをしまして。」
「何それ、例の美少女ゲーム?」
「ええ、どうしてもハッピーエンドが出ないんですよ。」
「攻略見ちゃえば良いのに。」
「それは外道です。私はなんとしても自力でクリアしたいんです。」
「あはは、キクちゃんらしぃね。」
ぽん、と優しく頭を叩かれて少女のように心臓がとび跳ねた。
西洋の方々のスキンシップには慣れても、この人とのスキンシップだけは未だに慣れない。
…体すら繋げた相手に対して可笑しな話だと思うけれど。
「でもそっか、じゃぁキクちゃん今日は眠いかな?」
「え?」
「ぜひともディナーにお誘い出来たらな、と思ってたんだけど。」
昨日の約束を破ったお詫びだよ、と言われて一瞬身体が凍りついた。
「そ、んなこと、気になさらなくて良いのですよ。」
「何いってんの、俺としては大事なキクちゃんとの約束を破っちゃって胸が苦しいんだよ。」
「・・・。」
「キクちゃんさえ良いのなら、お詫びさせてくれない?」
この人は、私がNOと言えないことをわかっていて、このようなことを言うのだろうか。
酷い人だ。私との約束を破って何をしていたか、私が知らないと思って。
罵詈雑言並べて大声で泣き喚いて叩きたくなる衝動をどうにか抑えて私は笑った。
「…喜んで。」
フランシスさんとの出会いはだいぶ前だ。
とはいえ、仲が良くなったのは近年になってから。
身体の関係も始まってからはほんとにわずか。
初めて一夜を共にした日は、私は自分に『自惚れるな』と言い聞かせるのが大変だった。
甘く優しいフランシスさんの言葉や仕草は私を舞い上がらせるには十分で、初めてのときのように醜くも興奮してしまった。
後から思い出すとあの時の自分を消してしまいたくなる。
いい年したおじいさんが自分よりもうんと若い青年に恋をするなんて滑稽にもほどがある。
これは所詮大人の遊び、という奴でフランシスさんにとって自分は興味のある相手でしかない。
つまり、興味が失せればいずれ離れて行ってしまうから。
だから、本気になるな、と何度も自分に説教しながら此処まで来た。
フランシスさんと“付き合う”ようになってからわかったことは、彼がモテる理由。
あんなに誰にでも声をかけて軽い感じがしているのに、私とフランシスさん二人で居る時はそこに他の人の影を全く見せない。
たとえば、ケータイが鳴ってもそれをとろうとしないし、街ゆく人がフランシスさんに見惚れても彼は見向きもしない。
前に彼が一人街を歩く姿を見たときとはまるで別人だ。
彼の視線が常に自分に向いているという心地よさと優越感。
『控え目』が美徳である我が国でさえ、大声でこの人は私のものだと宣言してしまいたくなる。
そんなわけは無いのに。
「ああ、やっぱり美味しいです。貴方の国の料理は。」
「本当?嬉しいね。」
「このワインもフルーティで飲みやすいです。」
「キクちゃんは辛口もイケる口だから迷ったんだけどね、今日の料理に合うワインにしてみましたー。」
ご機嫌に笑いつつも優雅な動作でナイフとフォークを使うフランシスさん。
それを見ると自分のぎこちない動作にどうも苦笑してしまう。
「フランシスさんの選ぶ店はいつも外れが無いですね。」
「そりゃいつだってキクちゃんのために調査を怠りませんから。」
嘘吐き。
きっと此処だって誰か別の人と来たことのある店なんだろう。
調査という名のデートで。
なんて、醜いことを考える自分が嫌になる。
彼の過去はおろか現在でさえ自分のものでは無いのに。
昨日見た光景がフラッシュバックする。
「ねぇ、」
と、声を掛けられて自分の意識が飛んでいたことに気づく。
「…はぃ?」
「・・・やっぱり、今日元気ないよね。」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。」
断定的に言われて見透かすように見つめられる。
「気のせいですよ。」
「そうかな?…こういうの外したこと無いんだ。ましてや、キクちゃんのことだから。」
「私のことだから?」
「そう、いつも見てるから。ヒかれるくらい小さな変化にも気がつける。」
少し沈黙があってから、フランシスさんはふっと息を吐いた。
「…ごめん。愛しい人のことはなんでも知りたくなっちゃうんだ。」
「愛しいだなんて・・・。」
大ぼら吹きもいいところだ。
私は、はにかむように笑った。
「キクちゃんの考えてることってなかなかわからないんだよね〜。」
「…すみません。」
「違う違う、ミステリアスで神秘的で魅力的だって言ってるんだよ。」
「大したこと考えてないですよ、私も凡人ですから。」
「そうかなぁ、何考えてるのか丸わかりな奴も居るでしょ?」
「…アメリカさんとか?」
「はは、そうそう。それとその兄弟のイギリスとか。」
息を飲む。
自分でも自分の表情が消えたのがわかる。
「キクちゃん?」
ああ、やっぱり今私は変な顔をしているんだ。
勘のいい彼は私の雰囲気が変わったことに気が付いてしまった。
「あ、いえ。そうですね、イギリスさんも…。」
「どうしたの?」
笑えるはずだ。
いつものように。
「なんで、」
なんてことはない。
微笑めば良い。
「そんな、」
口角を上げて、目を細めて、
愛想笑いは得意だから。
「泣きそうなんだ?」
最初からわかっていたじゃないか、あの人にとって自分が一番になることなんてないって。
お傍に居ることが出来るのならば、笑ってみせようと、苦しくても涙なんて無いものと。
「キクちゃん。」
いい年した自分を可愛らしく呼ぶ人は彼くらいだ。
はっきり言えば恥ずかしいのだけど、彼に呼ばれたら特別に思えるのだからおかしな話だ。
「キークちゃんっ。」
「はい、どうしました?」
「それはこっちのセリフだよ。」
「え?」
「…どうか、した?」
何故だろう?
今日の会議で私の傍に居たドイツさんもイタリアくんも、アメリカさんだって私の変化になど気がつかなかった。
だからてっきりいつも通り笑えてるものだと思っていたのに、どうしてこの人には気づかれてしまうのだろう。
一番気づかれたくない人なのに。
「ふふ、昨日も徹夜でゲームをしまして。」
「何それ、例の美少女ゲーム?」
「ええ、どうしてもハッピーエンドが出ないんですよ。」
「攻略見ちゃえば良いのに。」
「それは外道です。私はなんとしても自力でクリアしたいんです。」
「あはは、キクちゃんらしぃね。」
ぽん、と優しく頭を叩かれて少女のように心臓がとび跳ねた。
西洋の方々のスキンシップには慣れても、この人とのスキンシップだけは未だに慣れない。
…体すら繋げた相手に対して可笑しな話だと思うけれど。
「でもそっか、じゃぁキクちゃん今日は眠いかな?」
「え?」
「ぜひともディナーにお誘い出来たらな、と思ってたんだけど。」
昨日の約束を破ったお詫びだよ、と言われて一瞬身体が凍りついた。
「そ、んなこと、気になさらなくて良いのですよ。」
「何いってんの、俺としては大事なキクちゃんとの約束を破っちゃって胸が苦しいんだよ。」
「・・・。」
「キクちゃんさえ良いのなら、お詫びさせてくれない?」
この人は、私がNOと言えないことをわかっていて、このようなことを言うのだろうか。
酷い人だ。私との約束を破って何をしていたか、私が知らないと思って。
罵詈雑言並べて大声で泣き喚いて叩きたくなる衝動をどうにか抑えて私は笑った。
「…喜んで。」
フランシスさんとの出会いはだいぶ前だ。
とはいえ、仲が良くなったのは近年になってから。
身体の関係も始まってからはほんとにわずか。
初めて一夜を共にした日は、私は自分に『自惚れるな』と言い聞かせるのが大変だった。
甘く優しいフランシスさんの言葉や仕草は私を舞い上がらせるには十分で、初めてのときのように醜くも興奮してしまった。
後から思い出すとあの時の自分を消してしまいたくなる。
いい年したおじいさんが自分よりもうんと若い青年に恋をするなんて滑稽にもほどがある。
これは所詮大人の遊び、という奴でフランシスさんにとって自分は興味のある相手でしかない。
つまり、興味が失せればいずれ離れて行ってしまうから。
だから、本気になるな、と何度も自分に説教しながら此処まで来た。
フランシスさんと“付き合う”ようになってからわかったことは、彼がモテる理由。
あんなに誰にでも声をかけて軽い感じがしているのに、私とフランシスさん二人で居る時はそこに他の人の影を全く見せない。
たとえば、ケータイが鳴ってもそれをとろうとしないし、街ゆく人がフランシスさんに見惚れても彼は見向きもしない。
前に彼が一人街を歩く姿を見たときとはまるで別人だ。
彼の視線が常に自分に向いているという心地よさと優越感。
『控え目』が美徳である我が国でさえ、大声でこの人は私のものだと宣言してしまいたくなる。
そんなわけは無いのに。
「ああ、やっぱり美味しいです。貴方の国の料理は。」
「本当?嬉しいね。」
「このワインもフルーティで飲みやすいです。」
「キクちゃんは辛口もイケる口だから迷ったんだけどね、今日の料理に合うワインにしてみましたー。」
ご機嫌に笑いつつも優雅な動作でナイフとフォークを使うフランシスさん。
それを見ると自分のぎこちない動作にどうも苦笑してしまう。
「フランシスさんの選ぶ店はいつも外れが無いですね。」
「そりゃいつだってキクちゃんのために調査を怠りませんから。」
嘘吐き。
きっと此処だって誰か別の人と来たことのある店なんだろう。
調査という名のデートで。
なんて、醜いことを考える自分が嫌になる。
彼の過去はおろか現在でさえ自分のものでは無いのに。
昨日見た光景がフラッシュバックする。
「ねぇ、」
と、声を掛けられて自分の意識が飛んでいたことに気づく。
「…はぃ?」
「・・・やっぱり、今日元気ないよね。」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。」
断定的に言われて見透かすように見つめられる。
「気のせいですよ。」
「そうかな?…こういうの外したこと無いんだ。ましてや、キクちゃんのことだから。」
「私のことだから?」
「そう、いつも見てるから。ヒかれるくらい小さな変化にも気がつける。」
少し沈黙があってから、フランシスさんはふっと息を吐いた。
「…ごめん。愛しい人のことはなんでも知りたくなっちゃうんだ。」
「愛しいだなんて・・・。」
大ぼら吹きもいいところだ。
私は、はにかむように笑った。
「キクちゃんの考えてることってなかなかわからないんだよね〜。」
「…すみません。」
「違う違う、ミステリアスで神秘的で魅力的だって言ってるんだよ。」
「大したこと考えてないですよ、私も凡人ですから。」
「そうかなぁ、何考えてるのか丸わかりな奴も居るでしょ?」
「…アメリカさんとか?」
「はは、そうそう。それとその兄弟のイギリスとか。」
息を飲む。
自分でも自分の表情が消えたのがわかる。
「キクちゃん?」
ああ、やっぱり今私は変な顔をしているんだ。
勘のいい彼は私の雰囲気が変わったことに気が付いてしまった。
「あ、いえ。そうですね、イギリスさんも…。」
「どうしたの?」
笑えるはずだ。
いつものように。
「なんで、」
なんてことはない。
微笑めば良い。
「そんな、」
口角を上げて、目を細めて、
愛想笑いは得意だから。
「泣きそうなんだ?」
作品名:愛を伝える。after 作家名:阿古屋珠