ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。
私がそのことを知ったセレーネ様はそう言った。どこまでセレーネ様の器は大きいんだと打ち震えながらも、その好意に感謝する他無かった。
もう少し安息日を増やしてみよう。
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後味の悪い仕事をした。ギルドと各ファミリアで連結して闇派閥イヴィルスを滅ぼしたのだ。
まだ掌に残っている感覚は酷く不愉快だ。何度手を洗っても落とされることはなかった。
そして一番嫌だったのが、この一件でLv.6に到達したことだ。レベルはただ経験を積むだけでは上がるものではなくやがて頭打ちになるものだ。レベルアップするには自分の限界を突破するような経験を積まなくてはならない。
だから、今回の一件こそ私の上限を突き破るに足るものだったのだ。自分がこんなにも嫌な思いをしているのに上がるレベルというのは何だというんだ。駆け出しのころの私はこんなものに憧れていたのかと思うと余計に苦しくなる。
でも、これで私もセレーネ様に貢献することができるはずだ。今までは報恩奉仕のために身を捧げてきたけど、ここから先はセレーネ様の役に立てるように頑張るのだ。
その第一歩として、冒険者駆け出しを指導する施設を建てた。これは私の駆け出しのころの悩みを思い出して、一人でもその悩みを解決できればと思って設立に踏み切った。
講師として私自身も参加して指定日に生徒たちの指導をしている。参加費は無料だから誰にでもなれる。
中々の人気のようで、私が所属している【セレーネ・ファミリア】に入団したいという人たちが劇的に増えてきた。しかし、【セレーネ・ファミリア】は設立してから四十年間私以外誰一人として入団を認められなかったファミリアとして有名だ。生徒たちは叶わぬ願いだと知りつつも口にしている。
他のファミリアも中々入団を許可してくれないため、冒険者のイロハを知っていても冒険者になれないという人たちが多くなってしまった。
それにこういった施設を建てるのは頂けないと色々な組織から苦情も寄せられている。
どうしたものかと頭を悩ませながらダンジョンと指導施設を行き来する毎日を送っている。
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知らない間、というのは本当にあるものだ。駆け出しの私が有名人の話を聞きに行ったときに度々聞いたフレーズで「意味解んないよ! 自分でしたことでしょ!」と憤慨していたことがあったけど、確かにこの感覚は知らない間としか言えないね。
私は前人未到のLv.10に到達していたのだ。
確かにレベルが上がるたびにセレーネ様に教えてもらっていたが、それもつい一分前くらいの話かな? と思えるくらい、時間は簡単に過ぎ去っていった。
自分がどういった立場にいるのかは理解している。Lv.10なんて存在しえないはずのレベルを実現してしまったからには、私の腕を欲する多くの者たちに狙われることになるだろう。
だから私は冒険者を引退することにした。引退といっても完璧にとはいかないので、ほどほどにというところだ。少し前までの私だったら「何休んでるの! セレーネ様に失礼でしょ!」と怒られるんじゃないかな。
生涯現役と謳っていた私がその旨を打ち明けるとセレーネ様は一層嬉しそうに笑って喜んでくれた。その際にぎゅっと抱きしめてくれたのだが、少し痛かった。セレーネ様の力が強かったということではなく、体の老いが浮き彫りになったのだ。
気づけば私は立派なおばあちゃんになっていた。でも皺とか白髪などは無くていつも通りだと錯覚していたんだ。
それに代わってセレーネ様はずるい。その若々しい姿のまま成長は止まっているから、出会った当初と変わらない美しさがある。
はぁ、私も若さが欲しいなぁ……。
年寄りの悩める事情に抗うすべも無く日常を送っていたある日、セレーネ様が素っ頓狂な悲鳴を上げた。
今日の【経験値/エクセリア】の精算してもらっていたときに、セレーネ様が写し取った紙をぶるぶる震える手で持ちながら見せてきた。
クレア・パールス
Lv.10
力:S999 耐久:S999 器用:S999 敏捷:S999 魔力:S998→S999
《魔法》【アルテマ】【ファンファルレーゼ】【ヒリング・パルス】
《スキル》【不朽の心】【転生】
最後の魔力がカンストしたこと以外に別に異常は無いと思うけど……。ん? いや待って、最後の【転生】って何? 【不朽の心】はLV.6あたりで発現したスキルだから問題ないけど、つい昨日更新してもらったステイタスの中に【転生】なんて文字は無かったはずだよね?
セレーネ様も本当に困った顔をして「今まで聞いたことも無いよ」と言った。まあ【不朽の心】もいわゆるレアスキルで、これが発現した当初も同じようにセレーネ様が驚いていた。
初めて【不朽の心】が発現したときはそりゃ喜んだけど、この【転生】というスキルには素直に喜べないところがある。
もう昔のようにダンジョンに通うこともないし、それにこの単語の意味が不吉だ。死んでしまった後にもう一度違う生命に宿るって意味だよね。確かに死んだ後もセレーネ様と一緒にいたいけど、セレーネ様が愛しているのはクレア・パールスであり、その他の命ではないのだ。
なんとも不思議なスキルの発現にため息を付きながらその日を終えた。
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クレア・パールス。齢79歳にて死去。死因は天寿の全う。
彼女の葬式にはセレーネを始め多くの老若男女が集まり、違うファミリアの主神たちすらも顔を見せたという。しかし、その葬式には彼女の親類縁者は一人としていなかった。
生きる伝説と言われたクレア・パールスは、最後の最後まで己の主神に尽くし、そして果てた。数多の偉業を打ち立ててきた彼女の足跡を辿ってみれば、何てことは無い、普通の少女が地道に地道を重ねて積み上げてきたものだった。
ゆえに彼女こそ凡才の冒険者たちの鑑であった。
最も彼女を愛したセレーネはその日以来から涙を流し続け、彼女の死を悼んだ。
作品名:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。 作家名:デュース