花束を買いに
いるはずもない人物の声が聞こえて、はっと顔を上げると、久しぶりに会う相棒がそこにいた。
そして、分かってしまった。
パズルがはまるような感覚で。
「・・・お前なんでこんなとこにいるんだよ」
「なんでって、あなたに会いに」
「会いにってお前・・・っ!!」
どういうつもりなんだ、と続けることはできなかった。
ミッシェルに抱きしめられたのだ。
といっても、トーマスは座っていたから覆いかぶさる感じになって、トーマスの頭はミッシェルのマントに埋まっていた。
驚きと恥ずかしいのとでミッシェルを押し返そうとしたが頭上に声が落とされた。
真剣な声だった。
「トーマス、どうかこのままで聞いてください」
動きを止めたトーマスを確認して、ミッシェルはためらいがちに話しだした。
「あなたに結婚の話をしたのは、少し前にルカ君や他の方たちが
一段落ついたあなたに、落ち着けるような女性がいたら、と話していたからです。
それを聞いて、私も良い考えだと思いました。
違いますね、思ったはずでした」
「過去形かよ」
「ええ、言った後になぜか後悔したんです。
あなたに普通の幸せを手にしてもらいたい、それは間違いない気持ちです。
しかしあなたが誰かと笑っているのを想像したら・・・」
トーマスの鼓動が早くなった。
それはどういうことだろう、ミッシェルは何を言おうとしているのか。
トーマスは唾を呑み込み、尋ねた。
「想像・・・したら?」
「胸の辺りが重くなって、体が不調になりました」
「・・・」
「どうやら私はあなたに嫉妬しているようです」
トーマスは耳がじんとして赤くなっているのを感じた。
ミッシェルが俺に嫉妬している。俺を想ってくれているのか。
信じられない思いがトーマスをいっぱいにした時、ミッシェルは盛大な溜息をついた。
「こんなに自分が小さい人間だとは思いませんでしたよ。
あなたが家庭を持つことに嫉妬するなんて」
「・・・・・・は?」
「すみませんでした
あなたに話すことで、自分の気持ちに区切りがつけられましたから
どうぞ安心して結婚相手をさ・・・」
「ちょっと待ったーーー!!!」
「はい?」
トーマスはこれまで起こったミッシェルの思わせぶりなエピソードを次々思い出し、これは今回もそのケースだろうと思った上で、それでもトーマスは心を決めていた。
「もういい、お前の話を聞いてるとこっちの調子が狂う」
「何を言って・・・」
「だから、俺の好きにするって言ってる」
トーマスは覆いかぶさっていたミッシェルの両腕をつかんで引き寄せた。
「!!!!何・・・っ」
「喋ってると舌噛むぞ」
「・・・ん・・・っ」
ミッシェルの唇を割り、口内に侵入する。
そこには綺麗な小歯が並んでいた。
軽く歯列をなぞると、抑えている体がびくりと反応した。
(かわいいな)
そのまま歯をくすぐってやると、むずむずとしだした。
本人なりに抵抗しているらしい。
「んんーーっ」
歯の奥には行かせない、とばかりに両顎に力を入れて歯をかみ締めている。
「仕方ないな」
代わりにトーマスはミッシェルの顔中にキスを落とした。
「な、何をするんですかトーマス」
ミッシェルはどうにかして拘束から逃れようとしていたが、力でトーマスにかなうはずもなく、なされるがままだった。
「や・・やめ・・・っ」
頬、額、こめかみ、顎、触って確かめるようなキス。
トーマスは自分の気持ちを
ミッシェルを堪能した。
ふいに水気を感じたと思ったら、ミッシェルの涙だった。
「お、おい、泣いてるのか?そんなに嫌だったか?」
びっくりして手を離すと、ミッシェルは力が抜けていたようで、トーマスの胸におさまる形になった。
「ち、違うんです・・・すみません・・・」
「違う?じゃあどうして泣くんだよ」
「私は汚いから」
「・・・はあ?」
「あなたに触れられるような人間ではないのです」
「・・・おい、ラップ、それは新手の煽りか?」
「トーマス?」
涙ぐんだ目でこちらを見上げるミッシェルはどう考えてもあざとかったのだが、言っていることが分かっていないのは確かなようだ。
「本気かよ・・・ほんっとにどーしよーもないやつだな」
トーマスは腕の中のミッシェルをぎゅっと抱きしめ、額に口づけた。
ミッシェルはもちろんそれに抗議する。
「っ、私の話を聞いていましたか?!」
「聞いてたよ、でも聞かない」
「?」
「お前の話を聞いてたらじじいになっちまうだろ、俺は今お前に触れたいんだ」
「・・・我儘」
「いーだろ、ちょっとくらい強引な方がお前だって流されやすい」
「ちょっ・・・」
ちょっとじゃない、と言いたかったのかもしれない。
それでもミッシェルは二度目のキスを受け入れた。