花束を買いに
「で、いい加減その辛気臭い顔で来ないで欲しいんだけど?」
町の飯屋。
昼時は外れているが、席の半分以上は埋まっている繁盛店でトーマスは遅めの昼食をとっていた。
「辛気臭いってなんだよ、あんたに会いに来ているんだぜ?」
魚と豆の煮込みを掬いながら軽い調子で答えると、店の女は大げさにため息をついて離れていった。
嘘ではない。
豊かな漁場を抱える港町で飯のうまい店などそこら中にあるのだが、船を出てから昼は毎日ここで食べている。
店主一人、給仕一人のアットホームな雰囲気もだが、この女、シーリを気に入っているのだった。
年のころは20、初々しいとは言えないが、まだ貫禄は備わっていない。
それでも気丈にホールを仕切る姿は微笑ましいし、何より自分を特別扱いしないところが好ましかった。
「あらぁ、船長」
「おや本当だ」
「ん?お前たちか」
客が入ってきたと思ったら、次の瞬間には囲まれている。
それは濃厚な色香を漂わせた3人の、夜の女たちであった。
「今夜はうちの店に来てくださるでしょう?」
「あーそうだな」
「ええ?今晩はわたしんとこさ、ねえキャプテン」
「おう」
一人がしな垂れかかってくれば、もう一人は隣の席に腰を下ろし、
最後の一人も同席して3人分の食事を注文した。
トマースは魅力的ないでたちもさることながら、
彼女らのように働く女たちにも、優しく差別をしないことで熱烈に支持されていた。
トーマスも、彼女たちの後腐れなさには、海の男の度量すら感じており、堅気とは到底言えない自分たちの、仕事仲間のような気持ちで接していたのだった。
「姉さんたち!その匂いはつけてくるなっていつも言ってるだろう?」
食前酒を盆に載せたシーリが女たちを咎めた。
無理もない、彼女たちはすでに肌に蜜を塗りこみ、離れていても気付くほどの花香を携えていた。
飲食店にはそぐわない匂いだ。
「固いこと言わないの、あたしたちがいたほうが男が集まってくるわさ」
「そうよぅシーリ、羨ましいんならこのオイル、貸してあげてもいーわよ?」
「そんなのいらないよっ、全くこれだから!疫病神なキャプテンさん!」
「え、俺のせいだって言うのか?」
「その通りだよ!早く船に帰ってどこへでも行っちまえ」
ズキン、と胸の奥が痛んだ。
「ああ、そうだな、そろそろ帰らないとな」
「ええーーっ、もう帰ってしまうんですか、久しぶりにお顔を見られたって言うのに」
「そうだよ、何があったのか知らないけど、この人が4日も陸にいるなんてめったないことなんだから・・・
シーリ、あんただって嬉しがってたじゃないか」
「ちょっと、何言って、私はそんなことっ」
「勘定、ここに置いてくぜ」
「あ・・・」
「トーマス様~っ」
「ありゃあ、ちょっと重症なんじゃないか?」
「え?そうなの?」
「いくらあたしたちがうるさくしたからって、同席した女の相手もしないで出て行くなんて
いつものキャプテンじゃないさね」
「船長可哀想ーー、私が慰めてあげたい」
「・・・・・・」
シーリは一人無言のまま、トーマスの出て行った出口を複雑な表情で眺めていた。
「帰る・・・にしても、まだ分からないんだよな」
トーマスはいつもの公園、噴水の端に座っていた。
結構な時間そうしていたので、すでに日は傾き、空は赤く染まっていた。
噴水装置は動いていたが、日没近くでその勢いは弱かった。
先程まで子供が数人連れだって遊んでいたが、それももういない。
トーマスは一人で4日前の出来事について思いを巡らせていた。
あの時、ミッシェルに何も言えなかったのは、自分が動揺したからだ。
彼の言葉の何かにショックを受けた、それはいったい何なのか。
「あれの何がショックだったんだか・・・」
「ショックだったんですか?」
「ーーっ」