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比翼連理 〜外伝2〜

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神曲 ― Pe’che’―



切り裂いていく命が発する最期の調(しらべ)は輝く玉が砕け散るが如く。
流れ出る赤き血潮の調は湧き出でる清き泉が如し。
完璧なる調和が織り成す調――至高の組曲に心傾ける。

あぁ、だが。

この曲は未完成。
最期の一音が、足りない。



【 神曲 - Pe’che’- 】



1.過孤

 脚に絡みつく草。僅かにでも足止めし、行く手を遮ろうとするかのように生い茂る。苛立つ銀色の足底によって無残にも踏み潰され、じわりと青鈍い緑臭さを放った。
 匂い立つ生の香は恨めしげに銀色の防具へと纏わりついていく。それを厭うように眉を顰めたタナトスは鈍色に眼差しを鋭く煌めかせながら、闇が終結するかのような場所へと差し向けた。

「あそこ、か」

 息も絶え絶えに発せられた悲鳴が停止した闇の中、狼煙のように上がる。打ち砕かれ、屈従させられ、歪んだ姿で喘ぐ淫猥な肉体から発せられたような叫び声。まるで最期の自由さえ奪われようとしているかのようだ。
 ギリと奥歯を噛み締め、さらに凶暴な光を眼差しに宿したタナトスは固く閉ざされた門扉のような闇を強引に抉じ開けた。
ざわりと渦巻く闇がタナトスを包む。それは官能的な愛撫でもあり、皮膚を切り刻む鋭利な刃のようでもあった。ただ一つの存在しか許さない絶対的な黒の世界は一瞬たりとて気の緩める間さえ与えようとしない。

「何用か――タナトス」

 ずっしりと胸底に圧し掛かる透明な声が溶け込んだ闇の中から発せられ、耳に届いた。陰鬱とした低さで足元から這い上がり、縊り上げられていくような錯覚さえ覚える。滲み出た汗がぽたりと滴垂れるが、汗は蒸発したように闇へと気化する。一滴の汗さえもこの場所は異なるものとして存在を許さないとでもいうように。

「その者への受肉は当の昔に終えたはず。今なぜ、斯様な責めを?」
「責め、とな。余は責苦を与えているわけではない。自由を抹殺しているわけでもない。己が持つ自由意志によって余と同化するようにただ……強いただけ」

 それを責苦と言わずして、何というのか。憤怒の相を顕に、なおも食い下がろうとするタナトスの目の前でぬらりと己が主とする冥府の闇――ハーデスが歪んだ闇の隙間から実体を明らかにした。蝙蝠のように、或いは愚者が逆さに吊るされたような姿勢で闇の天井から白く艶かしい身体が生えたのである。
 ハーデスの漆黒にうねる髪がわずかに揺れ、青白い腕がゆっくりと伸ばされる。開いた五指がタナトスの首筋に愛でるように這った。まるで蛇が巻きつくような冷え濡れた感触にタナトスはぞっと背筋を凍らせた。

「これはおまえへの罰でもある……この意味がわかるな?」

 肌を掠める呪いの吐息。憎悪と嫉妬に彩られた瞳が鋭い鏃を持つ矢のごとく、タナトスの目を射抜いた。

「あれは……我が君のご命令に従ったまで」

 窮し、竦む心を奮い立たせて反論する。だが、ハーデスは意にも介さぬとばかりに小さく鼻を鳴らしただけだった。

「そう。おまえは余の命に従ったまで。だが、余の望む結果は得られなかった――」

 一切合切を放棄したような生気のない眼差しでタナトスに一瞥をくれたハーデスは捉えていた白い腕を仕舞い込むと闇の中へと音もなく溶け込んでいく。

「お待ちを……ッ……クッ!」
 
 タナトスの言葉もその存在も許さないとでもいうような強烈な圧力によって闇から弾き出されたタナトスはその巨体を上手くコントロールすることもできず、強かに背を打ちつけた。肺の中からすべての空気が奪い去られ、喘ぎ苦しみもがく。
 死を司りながら、タナトスはその瞬間、死の恐怖に怯えた。




「……ナトス様、タナトス様?」
「――はっ!?」

 生々しい記憶と見開いた目の中に飛び込んできた妖精たちの不安そうな顔が交錯し、混乱したタナトスだったがようやく状況を把握して安堵したように長い息を吐き出す。不安げに頬を撫でる気に入りの妖精の小さな細い手を取り、その妖精の金色に近い琥珀色の瞳を見つめた。ようやく現実感が戻り、靄が晴れていく。

「フッ……夢…か…」
「大丈夫で?」
「ああ」

 ひとふり頭を振ったタナトスは気だるそうに巨体を起こした。不思議そうに眺める妖精たちにタナトスが説明する必要もなかったのだが、瞳の奥に不安を抱えた妖精を憐れに思い「ヒュプノスのところに行く」と告げ、肩で風を斬りながらタナトスは死の館を後にした。


作品名:比翼連理 〜外伝2〜 作家名:千珠