海風
「んっ、く、くるしい、止めてくださ…」
しばらくもがいた後で力が少しゆるんだ隙にようやくタオルを取り払うと、藤真の顔がすぐそばまできていた。
仙道が何かいう前に唇が触れる。
チュッと音がしてすぐキスは終わる。
「今度はちゃんと洗ったぞ。味しないだろ」
子供のようにいたずらっぽく笑って、藤真はひらひらと手をふる。
「じゃ、帰るな」
「居眠り運転しないように」
「心配しなくたってそんなにひ弱じゃないぞ」
「どうかなぁ」
玄関のドアが閉まる。
そしてリンとひとつベルが鳴り、車輪の回り出す音がする。
夕べから一睡もしないで、家に戻ってとんぼ帰りでまたこっちの学校まで来て。
それから練習か。
大したもんだよ。
大したバカだ。
知らず、笑みが浮かんできた。
窓の外の光に、急速に上がってくる気温を感じる。
――じきに風が吹く。
海からの風が。
自転車を漕ぐ藤真の背にその風が吹くといい。
仙道もまた風を感じたくて、窓を開ける。
もう一度気のすむまで寝て、それから練習に行こう。
授業はもう終わってしまって、またやいやい云われるかもしれないけど。
微かに潮の香りを感じながら、仙道は静かに目を閉じた。
(END)