募る想い
ひるなかの流星【募る想い】
高校を卒業して半年。
馬村は大学へ進学し、すずめはおじさんの店を手伝いながら、水族館でアルバイトをしている。潜水士の資格も取り、日々大好きな魚たちと戯れて…仕事をしていた。
しかし、なかなか正社員への道は遠く、ここ2〜3年はアルバイトが正社員になった例はないようだ。
それでも水族館の仕事に誇りを持っているすずめは、雇用形態よりも毎日魚たちを見るのが何よりの楽しみであった。
一方で、馬村と会う時間は確実に減って…。
シフト制のため、時間の都合は付けやすいが、同じクラスで顔を合わせていた頃に比べればすずめが寂しく思うのも当然だった。
まだまだ残暑が残る9月の終わり。
今日は1週間ぶりのデートで、すずめの家に馬村が遊びに来ることになっていた。
「今日はおじさんは?」
馬村はすずめと昼ご飯を食べようと約束していた為、昼前に家に着いた。
防犯なのか理由は分からないが、家を訪ねると、必ずと言っていいほど玄関先に出てくるのは諭吉で、今日は珍しくすずめが出てきたのだった。
すずめの叔父の諭吉が、2人きりになどさせるわけがない為、今回ももちろんリビングからの無言のプレッシャーや、お茶とお菓子攻撃にあうのだろうと思っていたのだが、どうやら不在らしい。
「おじさん、お店に常連さんの予約が入っちゃったんだって。」
そうか大変だな、と返事をしながらも最近2人でゆっくりと過ごすことが出来なかったこともあって、内心では小さな期待をする。
ここ半年ほど、すずめは馬村と若干ギクシャクしていた。
ケンカをしているわけではないし、会えば普通に話しもする。
だが、手を握るどころかキスもしていない。
すずめが馬村との行為を嫌がっている節があるからだ。
少し腕に触れるだけであからさまに身体を硬くする。
しかし、何故嫌なのかという理由についても察しがつく為、馬村としても強くは言えないのだった。
それは、高校3年生の3月のことだった。
卒業式を間近に控え、卒業後に別々の道を歩むことが決定的になり、帰り道に珍しくすずめから「さみしいね」という言葉を聞くことができた。
いつも自分ばかりが、好きでいるような気がしていたから、その言葉は大きく心に響いて、何となくお互い離れがたい気持ちになった。
どちらからともなく手をつなぎ、近くの公園のベンチに落ち着く。
3月といっても夕方5時を過ぎれば気温も下がり肌寒く感じる。その時刻すでに子どもの姿もなかった。
「こっち向いて…」
馬村は握った手を自身に引き寄せ、すずめの腰と頭に手を回した。
すずめも当たり前のように目をつむり、馬村に身体を寄せる。
深く唇を合わせると、すずめの口から吐息が漏れる。
「ん…っ」
たぶんこの時、本当に寂しさからか気持ちが高ぶっていたのだろう。すずめは馬村の背中に手を回すと、シャツをギュッと掴み、苦しくて離れそうになる唇を自ら塞いだ。
「はぁ…んっ…」
馬村の唇が、耳から首をなぞり鎖骨の辺りを舌で愛撫する。耳を舐められている時は、ダイレクトにピチャピチャという音が伝わり、背筋がぞくりとする。
「ま…むら…やぁ…っ」
初めての感覚に、思わず身を捩る。
「好きだ…」
しかし、耳元でそう囁かれれば、嫌などと言えるわけもなく、しばらくの間されるがままになっていた。
辺りはすっかり暗くなり、公園の外灯だけが青白く光っている。
そして、すずめの身体はゆっくりとベンチに押し倒され唇をまた塞がれる。
セーターを捲り上げ、シャツのボタンを外されても、気持ちよすぎて何も考えられなくなった頭では、状況は飲み込めないだろう。
馬村にしても、誰が見ているか分からないような場所で、ここまでするつもりは全くなかった。
だが、その時は2人ともが雰囲気に飲まれてしまった。
露わになった胸に、舌を這わせると大きく身体が震えた。
「あぁっ…ん…はぁ」
指で、突起を弄りながら敏感なそこを舌で焦らすように味わう。
「ひゃぁ…あっ…」
その時だった。茂みからガサリと音がして、音のした方を見ると、中年の男性が下半身を露出した状態ですずめたちを見つめていた。
「やっ…」
すずめは胸元を手繰り寄せると、隠すように手で掴む。その手も顔も蒼白で震えていた。
足早に去っていく姿を見て、とりあえずは安心したようだが、手が震えてボタンが留まらないすずめの代わりに、馬村が身支度を整える。
「ごめん」
馬村が言うと、すずめは無言で首を振った。
それ以来すずめは、デートの時も変わりはなかったのだが、肌が触れ合うことだけは避けている。
(俺のこと、キライになったんじゃないのは、見てて分かるんだけど…)
馬村だって聖人君子ではない、好きな人が側にいれば触れたくなるのは当たり前で、それはすずめも同じだと思っていた。
それでも、キスもしないまま半年が過ぎた。
「今日のお昼は馬村の好きなグラタンだよ〜。あとは焼くだけ。馬村はサラダとスープお皿に盛って。」
「ああ」
馬村は、リビングボードから皿を取り出し、サラダを取り分けフォークやスプーンもついでに出した。
焼きあがった大皿のグラタンを、すずめがテーブルにセットする。
「出来たよ〜食べよ。いただきまーす!」
「いただきます」
馬村も手を合わせてグラタンを口に運んだ。
何度もすずめの家で、ご飯をご馳走になっているが諭吉の作る料理は本当に美味しいと思う。
「ねぇ美味しい?」
「あぁ、おまえのおじさん相変わらず料理上手いな」
すずめは嬉しそうに笑うと、グラタンを指差した。
「これ、私が作ったの」
すずめの手料理といえば、いつかの塩辛いおにぎりしか食べたことがない。
まさかこんなにまともな料理を作れるとは思わず、心底驚いた顔をしていたのだろう。
「ちょっと!驚き過ぎじゃない!?」
「…悪い」
すずめが言うには、おじさんのお店で手伝いをするようになってから、料理の勉強もしていたようだ。
時間はおじさんよりも掛かるが、丁寧にレシピ通り作ればそんなに失敗はしないらしい。
何といってもおじさん仕込みのレシピだ。味は保証済みだろう。
「びっくりしたけど…ほんと美味い」
「やった〜!馬村に美味しいって言わせた〜!ね、ね、私彼女っぽくなったと思わない!?」
すずめとしては、ここのところのギクシャクした関係を何とか払拭しようとしているのだろうが、根本的な解決になっていないことは自分でもわかっているのだろう。
笑顔のあと、すずめは小さくため息をついた。
食事後は、片付けを手伝ってすずめの部屋に行くのが、いつものパターンだ。
でも、馬村は誰もいないとわかっている部屋で、自分を抑えていられる自信がなかった。
また今日も触れるだけで怖がられたら…そう考えると、俺のこと本当に好きなのかと、すずめを傷つけてしまいそうな気がする。
「俺…今日は帰るわ。」
片付けをしながら、馬村はポツリと言った。
「え…なんか用事あった?」
「いや…ちょっと…」
言葉を濁す馬村に、すずめは酷く傷ついた顔をした。
(そんな顔…させたかったわけじゃないのに…)
「私のこと…嫌いになった…?」
「はっ?そんなわけないだろ!」
高校を卒業して半年。
馬村は大学へ進学し、すずめはおじさんの店を手伝いながら、水族館でアルバイトをしている。潜水士の資格も取り、日々大好きな魚たちと戯れて…仕事をしていた。
しかし、なかなか正社員への道は遠く、ここ2〜3年はアルバイトが正社員になった例はないようだ。
それでも水族館の仕事に誇りを持っているすずめは、雇用形態よりも毎日魚たちを見るのが何よりの楽しみであった。
一方で、馬村と会う時間は確実に減って…。
シフト制のため、時間の都合は付けやすいが、同じクラスで顔を合わせていた頃に比べればすずめが寂しく思うのも当然だった。
まだまだ残暑が残る9月の終わり。
今日は1週間ぶりのデートで、すずめの家に馬村が遊びに来ることになっていた。
「今日はおじさんは?」
馬村はすずめと昼ご飯を食べようと約束していた為、昼前に家に着いた。
防犯なのか理由は分からないが、家を訪ねると、必ずと言っていいほど玄関先に出てくるのは諭吉で、今日は珍しくすずめが出てきたのだった。
すずめの叔父の諭吉が、2人きりになどさせるわけがない為、今回ももちろんリビングからの無言のプレッシャーや、お茶とお菓子攻撃にあうのだろうと思っていたのだが、どうやら不在らしい。
「おじさん、お店に常連さんの予約が入っちゃったんだって。」
そうか大変だな、と返事をしながらも最近2人でゆっくりと過ごすことが出来なかったこともあって、内心では小さな期待をする。
ここ半年ほど、すずめは馬村と若干ギクシャクしていた。
ケンカをしているわけではないし、会えば普通に話しもする。
だが、手を握るどころかキスもしていない。
すずめが馬村との行為を嫌がっている節があるからだ。
少し腕に触れるだけであからさまに身体を硬くする。
しかし、何故嫌なのかという理由についても察しがつく為、馬村としても強くは言えないのだった。
それは、高校3年生の3月のことだった。
卒業式を間近に控え、卒業後に別々の道を歩むことが決定的になり、帰り道に珍しくすずめから「さみしいね」という言葉を聞くことができた。
いつも自分ばかりが、好きでいるような気がしていたから、その言葉は大きく心に響いて、何となくお互い離れがたい気持ちになった。
どちらからともなく手をつなぎ、近くの公園のベンチに落ち着く。
3月といっても夕方5時を過ぎれば気温も下がり肌寒く感じる。その時刻すでに子どもの姿もなかった。
「こっち向いて…」
馬村は握った手を自身に引き寄せ、すずめの腰と頭に手を回した。
すずめも当たり前のように目をつむり、馬村に身体を寄せる。
深く唇を合わせると、すずめの口から吐息が漏れる。
「ん…っ」
たぶんこの時、本当に寂しさからか気持ちが高ぶっていたのだろう。すずめは馬村の背中に手を回すと、シャツをギュッと掴み、苦しくて離れそうになる唇を自ら塞いだ。
「はぁ…んっ…」
馬村の唇が、耳から首をなぞり鎖骨の辺りを舌で愛撫する。耳を舐められている時は、ダイレクトにピチャピチャという音が伝わり、背筋がぞくりとする。
「ま…むら…やぁ…っ」
初めての感覚に、思わず身を捩る。
「好きだ…」
しかし、耳元でそう囁かれれば、嫌などと言えるわけもなく、しばらくの間されるがままになっていた。
辺りはすっかり暗くなり、公園の外灯だけが青白く光っている。
そして、すずめの身体はゆっくりとベンチに押し倒され唇をまた塞がれる。
セーターを捲り上げ、シャツのボタンを外されても、気持ちよすぎて何も考えられなくなった頭では、状況は飲み込めないだろう。
馬村にしても、誰が見ているか分からないような場所で、ここまでするつもりは全くなかった。
だが、その時は2人ともが雰囲気に飲まれてしまった。
露わになった胸に、舌を這わせると大きく身体が震えた。
「あぁっ…ん…はぁ」
指で、突起を弄りながら敏感なそこを舌で焦らすように味わう。
「ひゃぁ…あっ…」
その時だった。茂みからガサリと音がして、音のした方を見ると、中年の男性が下半身を露出した状態ですずめたちを見つめていた。
「やっ…」
すずめは胸元を手繰り寄せると、隠すように手で掴む。その手も顔も蒼白で震えていた。
足早に去っていく姿を見て、とりあえずは安心したようだが、手が震えてボタンが留まらないすずめの代わりに、馬村が身支度を整える。
「ごめん」
馬村が言うと、すずめは無言で首を振った。
それ以来すずめは、デートの時も変わりはなかったのだが、肌が触れ合うことだけは避けている。
(俺のこと、キライになったんじゃないのは、見てて分かるんだけど…)
馬村だって聖人君子ではない、好きな人が側にいれば触れたくなるのは当たり前で、それはすずめも同じだと思っていた。
それでも、キスもしないまま半年が過ぎた。
「今日のお昼は馬村の好きなグラタンだよ〜。あとは焼くだけ。馬村はサラダとスープお皿に盛って。」
「ああ」
馬村は、リビングボードから皿を取り出し、サラダを取り分けフォークやスプーンもついでに出した。
焼きあがった大皿のグラタンを、すずめがテーブルにセットする。
「出来たよ〜食べよ。いただきまーす!」
「いただきます」
馬村も手を合わせてグラタンを口に運んだ。
何度もすずめの家で、ご飯をご馳走になっているが諭吉の作る料理は本当に美味しいと思う。
「ねぇ美味しい?」
「あぁ、おまえのおじさん相変わらず料理上手いな」
すずめは嬉しそうに笑うと、グラタンを指差した。
「これ、私が作ったの」
すずめの手料理といえば、いつかの塩辛いおにぎりしか食べたことがない。
まさかこんなにまともな料理を作れるとは思わず、心底驚いた顔をしていたのだろう。
「ちょっと!驚き過ぎじゃない!?」
「…悪い」
すずめが言うには、おじさんのお店で手伝いをするようになってから、料理の勉強もしていたようだ。
時間はおじさんよりも掛かるが、丁寧にレシピ通り作ればそんなに失敗はしないらしい。
何といってもおじさん仕込みのレシピだ。味は保証済みだろう。
「びっくりしたけど…ほんと美味い」
「やった〜!馬村に美味しいって言わせた〜!ね、ね、私彼女っぽくなったと思わない!?」
すずめとしては、ここのところのギクシャクした関係を何とか払拭しようとしているのだろうが、根本的な解決になっていないことは自分でもわかっているのだろう。
笑顔のあと、すずめは小さくため息をついた。
食事後は、片付けを手伝ってすずめの部屋に行くのが、いつものパターンだ。
でも、馬村は誰もいないとわかっている部屋で、自分を抑えていられる自信がなかった。
また今日も触れるだけで怖がられたら…そう考えると、俺のこと本当に好きなのかと、すずめを傷つけてしまいそうな気がする。
「俺…今日は帰るわ。」
片付けをしながら、馬村はポツリと言った。
「え…なんか用事あった?」
「いや…ちょっと…」
言葉を濁す馬村に、すずめは酷く傷ついた顔をした。
(そんな顔…させたかったわけじゃないのに…)
「私のこと…嫌いになった…?」
「はっ?そんなわけないだろ!」