魔法少年とーりす☆マギカ 第十一話
「な… だから、もうやめろし。 お前、辛いんよ。 お姉ちゃんも見つかったから、もう止めたいんよ。
止めちまえばいいんだわ。 素直になれっつー。 棺持ってって、お葬式して、償える罪全部償ったら、またお前がときわ町に戻って来ても、俺は、俺達は、別に… いいんよ」
顔も鼻も真っ赤にしたイヴァンを宥め、フェリクスは自身よりも遥かに大柄の、白熊染みた弱々しい足取りが立ち上がる様を見守り、手を伸ばした。 結局その手が届く事は二度と無い。
ほんの一瞬の出来事であった。 イヴァンの右肩、左胸、心臓僅かに上、脇腹、喉を、純銀に輝く剣が貫いた。 震える声にならない声を上げ、刺傷から溶け落ちる様に魔法の装束が解かれ、口から力なく吐血を垂れ零して、緋の魔法少年に凭れ掛るか様に、無色の魔法少年の大きな身体が倒れ込んだ。 魔法ではない。 純銀の刃からは魔法の力を全く感じない。 しかし一、二キログラムはあるであろう、この厳格な意匠を施された剣を、こうも正確かつ機敏に投擲する力が、魔法を持たない一介の人間にある筈が―
「魔法少年になってん時点で、お前達は黒の黒、原罪持ちの八方塞や。 償える罪がある訳あらへんやろ。
このドアホ」
褐色の肌に程良く似合わぬときわ中の夏服セーラー。 うねる様な茶髪のウェーブ。 ペリドットの様な鮮やかな緑の瞳。 純銀のロザリオにフェリクスは注意を惹かれた。 いつもこの男がぶら下げていた、普段使いの割には異様な程に穢れも傷も無いまっさらな純銀。 黒き天使、善きも悪きも塵に返す断罪者。
アントーニョ・フェルナンデス・カリエドの胸の純銀は剥がれ落ち、見慣れた銀の指輪と異常に強く輝く深緑の宝石を露わにした。 不意に肌に感じる魔法少年の、魔法の力。 深緑の魔法少年は足下に転がり落ちたムーンストーン似に輝く宝石を見下して、スニーカーの靴底に純銀のスパイクを構築、一撃で無邪気な元悪魔の命を踏み砕いた。 砕けた無色の破片一つを拾い、緋の魔法少年は問いかけた。
「お前、なんで」
「罪深いからや」
最後に見た面持ちとは別人の様な、憎悪と墳怒に満ち、全てを焼き尽くすおぞましい陽光の赤熱のような鋭い視線。 ずり落ちて倒れ込んだ、今の今まで生きていたイヴァンの遺体には、理解を超えた物を見た畏怖と困惑が見開いている。 フェリクスは頭を抱え慄いた。
「さっきまで仲良しこよししとった相手と殺し合い、生き延びる為やったら気に喰わへん奴とも平気でつるむ。 こないな身勝手で自分勝手な魔法少年が、魔女になるのも当然やな。
悪魔に騙されて、ローデリヒは死んでしもて、俺、ようやっと気付おったんや。
こないな連中、この世に最初からおらへん方がええ。 やがて魔女になる魔法少年を産む、インキュベーターなんか。 悪魔共がこの世界からチリ諸共、消えてしまえばええんや」
アントーニョの言葉一つ一つから黒い光を帯びて滲み出る、イヴァンとは全く別種の狂気、信心深さからの宗教狂い。 フェリクスは後ずさった。 魔女を同時多発的に誕生させ、ときわ町に災厄を齎した、あれほどの強力な魔法を使う魔法少年を、一瞬で戦闘不能にし絶命させた魔法の使い手。 危険だ、危険すぎる。 淀んだ不透明の深緑が伸びる様を目前にし、正体不明の魔法に彼は逃れる手段を必死で模索した。
「下らん正義の味方ごっこは、終わりにしよ」
深緑は暗緑の宣教者風、純銀の刺繍文様が浮かび上がる、三十三個の純銀製ボタンが要所要所にあしらわれた、腰できつく絞られた裾の長いカトリック式カソックを靡かせ、両手首の腕環に鎖で繋げられた厳格な意匠の拳鍔を握り締めた後、高らかに空へ右手を突き出した。
「これは裁判や、【魔法少年宗教裁判】や! 俺は此処でアウト・デ・フェを執り行い、全魔女候補、全魔法少年、全魔法少女、全インキュベーターに死刑を持って罪を免ずるもんにしたる! 明日の全人類の為に、明日の全地球生命体の為に! その為の力が此処にある、【魔女狩り】の力が俺にはあるんや!
選ばれた俺はやったる、この身を捧げてやったるわ! 哀れな子羊達の為、悪魔共で淀んだ空を吹き晴らす為に!」
魔法少年達が、彼ら自身の命を賭けて全力を賭して叶えた願いを根本から否定し、死者の想いを踏みにじるかのような冒涜。 方便を騙りながら人間であった魔女を狩り、騙し騙し生きて隠して来た自身の罪の重さ。 重く泥臭い二つの精神攻撃に、フェリクスの表情は産まれて初めて、おぞましいほどの憎悪に満ちー。
心の安寧を保つ為の教義を曲解した、緑色のジェムの怪物を睨んだ。
作品名:魔法少年とーりす☆マギカ 第十一話 作家名:靴ベラジカ