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靴ベラジカ
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魔法少年とーりす☆マギカ 第十一話

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 『だが苦々しくも、あの悲痛な事故を生き残った野良猫根性にも似た不可思議な感情が、美しく色取り取りに着飾られた、あれから後の、義理の妹との奇妙な共同生活の記憶を想起するたびに浮かび上がるのだ。 金策に困り自らは残飯を漁る日々が続こうとも、我々魔法少年の成れの果てを、多感なこの年頃に無情を強い暴虐の限りを尽くして命を奪い、その死肉の心臓にも等しい魔女の卵を奪い合った苦難の日々も、幾度その身に覚えたかも判らぬ死の危機に差し迫った日々ですら、今思い起こせば、我輩には尊く輝く美しき宝の様に思えてならないのだ。
 身に受けた傷を覆い隠し、耳に残る断末魔を笊の様に追い出し、ほうほうの身で帰った襤褸屋には、いつも柔らかでまっすぐ育った、血の一筋も繋がらぬ少女の穏やかな笑顔が待っている。 仮に四年前に死を選んでいたならば、見もしなかったであろう穏やかな時が、ただ永らえた老人には見えぬ角の片隅に、目を凝らせば毎日毎日常に違ったものが其処に描かれ、事実窶れ疲弊し切った身を安物の煎餅布団に委ね、明日も精一杯の日常を完遂しようと言おう気にもなったのだ』

 冥府の螺旋と錯覚する、延々と続く螺旋状の階段。 少年と魔法少年達を隔てる壁はあまりにも分厚く、そしてあまりにも大きかった。 しかし彼はこの僅か三週間程で魔法少年の尊き希望を知り、底知れぬ絶望を知り、誰にも知られぬ死を知り、今正しく堅いステップを踏み締める時まで、背後に堆く積み上げられた魔法少女や魔法少年達の死体の山に涙を禁じ得ず、足と時間の感覚を麻痺させながら長い長い地獄への階段を登り詰めている。
 策など無い。 だが此処に居れば一生後悔するかも知れない。 ならば前に進む他は無い。 前へ、前へ。 恐らく生半可な大人も辿り着けず、幼い子供は目に捉えても理解の出来ぬ一つの境地が彼を今まさに突き動かしている。 寒さと涙に垂れる鼻水。 手摺の塗装剥げを乱雑に鷲掴み増えていく掌の傷。 幾度となく捻り金属の無情な階段を踏み締めているのが不思議な程に悲鳴を上げている両足。 友の無事を願う、純粋で儚い感情が、魔法少年ではない、今の彼にとってのただ一つの祈り、ただ一つのソウルジェムであった。

 『何処の誰とも知れぬ者が拙筆を読んでいる時には、もう我輩は命絶え、恐らく死体一つ見つからず、我輩の死を知った内は、愚かで嘆かわしい短い一生だと嗤う者もあるだろう。 だが砕け散り、或いは人を喰らう化け物となったかも知れないが、我輩の魂は胸を張って一つ、主張を続けたい。 命短くとも、我輩は我輩の祈りの為に、不幸となった者が現れず安堵している。 
 紆余曲折あれど祈り続けた願いを成就させ、人生最後の輝きを放つ、若き魂達の短くとも眩い幸せに一体何の罪があり、何の罰を与えると言うのだろうか』

 寂しい。 自分の兄になって欲しい。 産まれた星すら違う存在が黄金の魔法少年の祈りを昇華させ、自分に似た理想的な兄の姿に自らの肉体を作り替えてまで願いを叶えた妖精に、彼は心から感謝していた。
 自身と魔女の肉片や骨片が散り、元手練れ同士故の凄惨な浅葱と黄金のスパートが怒号する、この孤独な戦場の最中でも、彼の表情は不思議なほどに穏やかで、一年前に失った笑顔を僅かに取り戻しさえしていた。
 負傷と共に嘗ての精鋭さを取り戻していく自身の肉体。 一体自分は何をしていたのだろう。 何に絶望して、何と下らない物に打ちひしがれていたのだろう。 姿は既に見えずとも、友人達の遺志は、二人が命を賭して守り抜いたこの身体その物に宿されていたではないか。 例え戦友が居なくとも、彼らが守ったこの日常を守る為。
 其れだけで命を賭し魔女と戦い続けるには十分の理由になったではないか。 自分は今此処に居て、今ここに生きている。 それ自体が、とても大きくとても眩い、希望そのものだったではないか―
 苦々しく笑い、光を宿した碧眼から、纏めた髪を散らし、汚らしく薄汚れた顔に澄んだ涙が伝った。
 三人で初めて魔女と戦ったあの日、震える手を嘲笑いもせず、共に人を喰らう魔性と戦う勇気をくれた何かが、大きく誰にも寄りかかれなくなった隻腕の身体を、そっと後押してくれている気がした。

 『例えこの星の全ての人間が我々を不運な愚か者、不幸で哀れな悲劇の主人公と詰ろうと、この一つは変わらない。 我々は、我輩、バッシュ・ツヴィンクリの人生は、幸福だった。 とても満ち足りていて穏やかで、幸せなものだった』

 幼児の様に恥も外聞も無く泣き喚く、この大きな子供の、何者にも染まらぬ無色透明の魔法少年は、有象無象の人間を呪う力を持って、果たして幸せだったのだろうか。 極めて独特だが、賢い知性を持った緋の魔法少年にも、其れだけは判らなかった。 例え一度肉体が滅んだ時も、彼はただの一度も、自らの不幸を赤の他人に押し付ける事はしなかった。 一年近い魔法少年としての生活の中で、掘れば掘るだけ恨み辛みが湧いて出る、失意の沼に身を沈めるよりも、清い宝は中々見つからずとも、いつか必ず恵みを掘り当てられる希望の金脈に身を置く方が、幸せな時間をより長く、より尊く感じられると結論付けたからだ。
 例え世界の全てが諸手を上げ、化け物と塵を投げ付け罵倒の限りを尽くそうと、自分は人間だ。 悲しみ、苦しみ、笑い、怒り、喜ぶ、ただ一つの無二の心を持った人間だ。 彼は信じて疑わない。
 つい今まで、沢山の人間を滅ぼしてまで理解を望んだ白衣の水子魔女。 最期の最期まで希望を信じて疑わなかった先輩の、仄暗く作り上げられた暗い闇は乾いた泥の様に砕け散り、下半身を失った人間の遺体の姿で、呆気なく柔らかに墜ちていった。