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【タグお題】Zの最期の日

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知らない部屋だ。
 指定された扉の前で呼び出しブザーを鳴らしながらレオナルドは思った。
 今日は夜から外せない仕事で、その前にできれば打ち合わせがしたいというので職場の先輩であるザップを迎えに来た。放っておいたら打ち合わせをすっぽかして作戦開始直前に現れる可能性もある。それはザップ本人だけじゃなくみんなが困ることだし、いつも乗り回しているランブレッタが修理中で使えないのも承知している。迎えに来ることは仕方ない。手間を厭うわけじゃない。
 問題はそこが愛人の部屋だってことだ。ザップにはよくあること、むしろ自宅なんてあったのかというレベルで女の家を渡り歩いている。
 こうやって何度も愛人宅まで迎えに来ているわけじゃないが、レオナルドのバイトしているデリバリーピザに注文してはその時々の愛人宅を指定してくるので、歴代の愛人宅を十軒ぐらいは把握している。今回呼びつけられた住所は初めての場所だった。この間も女絡みで修羅場だったのに新しい愛人か。
 何百回目かわからないザップの株が下がる音がする。下がりすぎて陥没し、この街HLに空いた異界の大穴・永遠の虚とどっちが深いかタメを張れるレベルだ。
 どうせ呼びつけたくせにすぐには出てこないんだろうし。という予想は酷い形で的中した。
 扉を開けてくれた美人が「ちょっと上がって待ってて」というので気が進まないながらお邪魔した。新しい愛人はえらい美人だな、なんて呑気に考えながら。いまだ全裸で支度に時間がかかるんだろうな、という予想の元。
 だけど実際はもっと悪かった。寝室ではまだ真っ最中だった。人を呼びつけておいてどういう了見なのか首を締め上げながら揺すって問い質したい気持ちでいっぱいだ。美人は新しい愛人のルームメイトだそうで、平然としているし、この辺の倫理観についていけなくて善良な仲間たちの顔が走馬灯のようによぎっていく。このまま待たずに帰って「アイツはもうダメです」って報告したい。
 結構真剣に置いて帰ることを検討していたら美人が目の前にカップを置いてくれた。
「お茶ぐらい出すわよ、かわいい坊や。そこに紅茶があるから好きなの飲んで頂戴。セルフで悪いけど」
 この状況に動揺も何もない美人のこともヤバい人みたいに思ってたけど、この人は案外イイ人なのかも。色んなティーバッグがぎっしり詰まったケースと熱湯の入ったポットを置いてシンクの食器を片付け始めた。こうして見ると部屋自体は女の子が二人でシェアしている普通の部屋なんだけどな。そう思うとまた別の意味で落ち着かなくなって、カップに適当なティーバッグを突っ込んでお湯を注いだ。
 見たことないラベルのお茶は何とも言い難い香りだった。だけどふわふわしたいい匂いだ。すごく落ち着くような、眠くなるような。ティーバッグを取り出して置いておく場所もなかったんで、カップから取り出さないまま口を付けた。

 いやぁ参った。これから後輩が迎えに来るから支度するって言ったら「離れたくない」なんて言われて、これを振り切るヤツは男じゃない。
 手早く済ませりゃ余裕だろうと時間を計算して始めたのに結構しつこい女で、途中でルームメイトは帰ってくるし、そっちのが美人だったし、呼びつけた後輩も到着するし、今日は時間通りに事務所に行くつもりが結局遅刻確定だし。
 おまけにパンツを探していたらキッチンから美人の慌てる声が聞こえて愛刀丸出しのまんまで飛び出したら後輩がひっくり返っていた。
「ちょっとぉ、何でよりにもよってこんなの飲んでるのよ…イザベラったらまた紅茶のケースにクスリまで突っ込んでたの?!」
 気持ち悪い笑顔で椅子に反り返った後輩・レオナルドは全裸の俺を見て小動物か何か見つけた子供みたいに手を振った。「ネコチャンだー」なんつって。俺って言うか俺の股間に向かってだ。「カワイイにゃー」って今一回抜いてきたとこなんだよ、本気のときなら「クロヒョウちゃんカッコイイネー」だったはずだがそんなことはどうでもいい。
「まさかコイツ、ラリッてんのか」
「アタシはお茶を勧めただけよ!イザベラがお茶のケースにクスリまで突っ込んじゃって、たまたまそれを引き当てちゃったってだけ!恨むんならイザベラにして」
「えー、放っておけばいいのにお茶なんか出したのはアンタじゃないのよ。このショタコン女」
「紅茶しか入ってないと思ったから出したに決まってんでしょ、ズボラのくせに!」
 あーなんでコイツらルームシェアなんかしてるのかな。女同士の罵り合いに耳を塞ぎながらとりあえず服を着る。レオのバイクを俺が運転すりゃあ事務所に向かうこと自体は出来るけど、ラリッたまんまじゃ使い物にならないだろう。すぐ抜けるなら作戦開始には間に合うか。それまで打ち合わせはバックレたってことにして隠しといて。
「イザベラ、これどんぐらい続く?夜までにゃ動けるようになってるよなあ」
「えー、これすっごいんだから、丸一日続くわよ」
「ハァ?!」
「お酒に酔っぱらってるのとあんまり変わんないけど、その代わりに一日酔っぱらってられるの」
「ってことは明日の朝までこのまんまかよ!」
 これで仕事ができるわけない。しかも最近のウチの作戦参謀はコイツの特別な眼の力をあてにした作戦ばっかり立てやがる。幻術看破に視覚を支配して攪乱したりと、非力なガキを戦場で庇うリスクを考えても便利なもんで。というか高度な幻術が使われているような案件は今まで手が出なかったのだ。それがレオの眼があればイケるってってことになって、これまで保留していた分まで順次やっつけているところで、今回も多分だけどコイツがいないとマズい。
 しかもコイツに電話した時、どうも誰かといたっぽいから俺のところに向かったのも知られてるだろう。レオを正気に戻して連れて行く以外の選択肢がない。
「頼むよイザベラ、コイツどうにかなんない?なるべく早く…できれば今すぐか遅くても夕方までに立って歩いてまともに喋るようになんない?」
「えー、そんなに心配しなくても超初心者向けだから大丈夫よ?」
「そういうことじゃねえんだよ、とにかくコイツがシャンとしてくんねえと俺の命にかかわるんだよ」
 必死に頼み込んでやっと腕組して真面目に考えてくれる。頭の悪そうな女だが、こう見えてもイザベラは薬物には滅法詳しい。すぐに赤い爪の人差し指をピッと立てて打開策を教えてくれた。
「マリマリルガリプトアスタグループルダズリーフていう葉っぱがあって…」
「なんて」
「マリマリルガリプトアスタグループルダズリーフ」
「マルマリ?」
「ンもう!ちょっとなんか書くものちょうだい!」
 俺がそんなもの持ってるわけないんで酔っぱらいチビのポケットを探って見つけたメモ帳に書いてもらった。
「この葉っぱすっごい酸っぱいんだけど、気付け薬みたいなもんだから、これぐらいだったらまともに見えるぐらいには戻せると思う」
「で、これはどこで手に入る?」
「わかんない」
 一瞬見えた希望が早速暗礁に乗り上げる。
「珍しいから普通の花屋さんとかにはないもん。公園とかにも生えてないし、マニアックな人じゃないと栽培もしてないんじゃない?」
「イザベラちゃんのおクスリネットワークで探してくんない?この通り!」