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懺悔

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それを悔い改めることはない。同じことがあったらまたそうする。
 迷わない、迷った瞬間に終わる。そういう世界に生きているんだから。

 ヘッドライトの光が波のように通り過ぎていく。
 その中の一つが背中を撫でて通り過ぎたところで停まった。
 ドアの音と間髪入れずに聞きなれた声が「旦那様?!」と呼んだ。家政婦だ。数時間前に少し早目に退勤させたばかりの。
 子供と一緒だったようで立ち話している間に待ちくたびれて車から飛び出してきた。
 彼女は異界人だ。二足歩行して同じ言語で喋り、美味い料理を作って車だって運転するが、人界の動物にもいない形状の耳や触手を持っている。だけどこの街では人類と異界人の間に差なんかない。みんなそれぞれ働いて生計を立て、経済活動して衣食住を整えて生きている。家族もいて、愛情深い。
 生真面目で優しい彼女によく似た素直そうな子供たちを見ればそれがよくわかる。屈みこんで触手で無邪気に抱えた猫を覗き込んだ。拾ったというには毛並みのいい、人界の猫だ。どこかから逃げ出したんだろうが口には出さない。元の飼い主が探し回っていたとして、それをヴェデッドが知ったら彼女が子供たちを諭すだろう。俺は猫が誰のモノでも良かった。
 その時俺は一度にたくさんのものを捨てたので多少ぼんやりしていて、そこへ現れた善良で穏やかな異形の親子と繋がりにホッとした。彼女は雇い主である俺にさえ家族みたいな細やかな心配りをしてくれるものだから。猫一匹分ぐらい味方したくもなる。
 だけど意外と早くに飼い主が見つかってしまった。彼女たちが車に戻る前にだ。
「スティーブンさん!」
 顔を腫らした部下がスクーターでやってきた、と思ったら何かを引きずっていた。反り返った器用な姿勢で後ろに乗っていたのもまた部下だった。
 俺のことをまともな会社のビジネスマンと思っている家政婦に紹介するのは勇気のいるコンビだ。ハンドルを握っている少年の方は若く見えすぎるのがネックというだけだが、後ろのは知らんぷりしたい。常識人な家政婦に尊敬される俺という人物像が崩壊する。しかし、子供の抱いた猫を見た瞬間に連中は色めき立った。
「猫だ!」
「ね、ねこ……!助かった…っ!」
 スクーターから転がり下りたゴミのような男は地面を這って子供の前に跪いた。若いとはいえ大の大人が異形の幼子に膝を折って涙を流している。絵面がマズイ。ヴェデッドはとても優しい人なので「シッ、見ちゃいけません」などとは言わないが、言わないが故に運転手の少年・レオナルドが力づくでザップを引き離した。彼がやらなかったら俺がそうしていた。親子が見ていなかったら無視して帰っていただろう。
「すいません、この人ちょっと猫を探してて、連れてかないとヤバいんですっ」
 様子がすでにヤバいザップに代わって少年が説明する。何だかわからないが女に弱みを握られて飼い猫探しを頼まれたらしい。本当にこの猫なのかどうか怪しいところだが、涙ながらに頼み込まれた子供たちが母親に困った視線を送る。彼女は二人の肩に触手を置いた。
「この猫ちゃんにも大事にしてくれる家族がいるのよ。離れて暮らすのは可哀想でしょ?本当のおうちに届けてあげましょう」
 まったく人間のできた人だ。人類じゃないが。いいのかい?子供たちはもう飼う気満々だったのに。こんな見るからにヤク中のクズが言うことを真に受けて手放しても。だが彼女の教育に口を挟むまい。
「あの、それよりもお顔が傷だらけですけれど…」
 気配りの家政婦は少年のヒドイ顔にツッコんだ。童顔の少年がボコボコになっていることが後回しになるほどザップの行動が奇異だったのだが、少年の怪我もただ事ではない。
「えっと、その、ちょっとカツアゲに遭っちゃいまして」
「まあ、それは大変!早く手当しないと」
 車内に薬箱でもあるのか身を翻したヴェデッドの服の裾をザップが掴む。
「ねこ……」
「ああ、そうでしたわね。だけどこんな怪我を放っておくわけにも……」
 いいんだよ、どうせ猫を届けられなくて困るのはこのゴミクズ男ただ一人だ。だけど良心的な彼女にザップを踏みつけにして無視するなんてできっこない。
「あー、少年の手当は僕がやろう。うちもすぐそこだし」
「でも、旦那様」
「お願いしますぅぅ早くネコを……ネコを届けさせてくれぇ」
「そうですわね、スクーターで抱いて運ぶのも危ないでしょうし送りますわ」
 言動と釣り合わないほどの天才血法使いであるザップにそんな心配はしていなかったが、何も知らないヴェデッドは本気で心配してくれるのだ。仕方なく携帯を取り出した。
「わかったよ。タクシーを呼んでやるからザップはそれで行け。少年はウチで手当てだ。すぐそこのアパートメントの五階だ。エントランスの脇にスクーターを置いてくるといい。僕も電話が終わったらすぐ行くからエントランスで待っててくれ」
 ヴェデッド親子の車を見送ってタクシーを呼び、すぐに到着した車にザップと猫を蹴り込んで送り出した。どうせ金もないんだろうから適当に握らせておいた。
 一仕事終えて肩を叩きならエントランスに入るとレオナルドが青い顔をして壁に貼りついていた。
「どうした?」
「スティーブンさん…あの、今……」
 怯えた様子で声を潜める。
「何かヤバそうな黒服の集団が、幻術で偽装して出てったんですけど……まさかスティーブンさんを狙って来た連中なんじゃ…」
 連中が去った方向を見つめて警戒するレオナルドに「失敗したな」と思う。
「少年、大丈夫だよ」
「でも……」
「彼らは敵じゃない。僕が呼んだ、僕の味方だ」
「え」
 怯えが別のものに置き換わる。
「忘れていたな。君の眼に幻術が通用しないってことを」
 やっぱり俺はぼんやりしていたようだ。反省しながら少年の肩を押してエントランスの扉を開錠した。
「話は手当の後だ。心配するようなことはないから入ってくれ」

 部屋に入るまで少年はビクビクしていたが、部屋の中はパーティーの残骸しかない。物騒なものは何一つなく、このまま明日の朝を迎えてヴェデッドに見られたってなにも困らない。
 玄関先で立ち止まった少年をもう一度押してリビングに通す。何を探しているのかキョロキョロしていたが、どこにも異常は見つけられなかったようだ。
「パーティー、だったんですか」
「ああ。ライブラとは何も関係のないプライベートな友人たちとのね。全員で僕の脳みそを狙って来たからまとめて始末したけど」
「……っ!」
 一度気を抜いた少年が勢いで一歩後ずさる。
「大丈夫。友人たちは欠片もここに残っていないし、それをやった始末屋連中は君がさっき見た通り、すっかり出て行って誰一人残ってやしない。残っていたとしても僕の忠実なる部下だ」
 個人的なね、と付け加えた。
「それって、クラウスさんたちは…」
「クラウスは知らないよ。知ったら黙ってないだろう。彼はこういうやり方を認めないが僕を裁くことも出来ない。苦悩するだろうな」
 戸棚から応急箱を見つけて広いソファの座面に置いた。テーブルの上は料理の皿でいっぱいだった。道具を広げて手招きすると、意外と素直に横に腰を下ろした。逃げようとは思わないらしい。俺への信用はまだあるようだった。
「ちょっと沁みるぞ」
作品名:懺悔 作家名:3丁目