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桜の幻想 第二話(薄桜鬼 風間×土方)

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あの出来事から数日の時がたった。

ここ最近、激しく上の空であるということは自覚症状がある。

考えても考えても頭に浮かぶことは、いつも同じ。

俺をまっすぐに見る、あの紫の瞳。



「-…私はここ数日、あなたがその位置から動いた所を見た記憶がないのだが」



声がした。

振りむかずとも天霧であることは間違いない。



「あなたは窓辺から景色を見るのがそんなに好きな方だっただろうか」

「…つまらん皮肉を叩くな」

「皮肉ではありません。…恋煩いとはよく言ったものだな、と」



その言葉を聞いた瞬間、睨みつける。

だが何とも思っていない様子でそのまま続けた。



「何を怒っている?事実でしょう」



平然と言ってのける天霧。

しばらく睨み続けていたが、返す言葉が何一つ思い浮かばない。

はぁ、と諦めのため息をつくと、俺はだんまりを決め込んだ。



「鬼とはいえども感情は人間と同じもの。…風間、あなたは少し素直になるといいだろう」



それだけを捨て台詞のように言うと、またどこかへ行ってしまった。

素直になれ…か。

なれたら楽だろうな、だなんて、らしくもなさ過ぎることを考えてしまった。

だが、それは無理な話だ。

俺は薩長で奴は新選組。

俺は鬼で奴は人間。

いや、羅刹か。

それ以前に俺は男で奴も男だ。

これだけ都合の悪い条件がそろっていて、それでもなお素直になれと?

…到底無茶な話だ。

考えたところで解決などするわけのない悩みに頭を抱えていると、再び誰かの気配がした。

天霧が戻ってきたのだろうか、とも思ったが、振りかえるとそこには不知火が立っていた。



「珍しく大人しいな。頭でも打ったか?」

「ふーん、憎まれ口叩く元気はあるみてぇだな」

「…ふん」



こいつまで天霧のようなことを言い出した。

全く、どいつもこいつも妙なところでおせっかいな奴ばかりだ。



「お前の様子が最近変な理由、どーせ聞いたって教えてくれねえんだろ?」

「貴様に教える必要がない」

「まーたそーやってよぉ」



こいつは天霧と違って、全く感づいていない。

その鈍感さが、今は素直にありがたいと思う。



「…ま、あれじゃね?気分落ちてる時にこんな屋敷に引きこもってちゃ気が滅入るしよ、たまにはこう、何の当てもなく街をブラブラすんのも気分転換になるんじゃねぇの?」



あくまで他人事、と笑いながら、助言と思われる言葉を残して立ち去る不知火。

それを鵜呑みにするのは気が引けたが、特にすることもないのは事実だ。

たまにはあいつの助言に従ってやるか。

そう思い、街へと駆け出した。





街は人間達で賑わっていた。

今の時間帯がちょうど昼過ぎほどであるからだろう。

大抵俺が街に出るのは夜警で巡察する時間帯、ほぼ真夜中に近い。

こんなに明るいうちから外出したことはあまりなかった。

特に当てもなく歩みを進める。

いつの間にか、先日女鬼を連れ去ろうとした時の通りに出てきていた。

ふと視線を横にやると、そこはあの女鬼がいた店だった。

小物店、か。

露店に出ている品に目をやる。

すぐ目に入る所に髪紐の並びがあった。

なるほど、ここであの髪紐を買ったのか。

特に意識をする訳でもなくその並びを眺める。

その中に、ひときわ目を引きつけるものがあった。

手に取って見ると、それは控えめに桜の柄が入った、紫色の髪紐だった。

―…あいつの瞳と同じ色、か。

無意識に目を閉じると、俺の目の裏側にはあいつの姿があった。

息をのむほど美しい桜吹雪の中で悠然とたたずみ、あの紫の瞳が俺を見据えている。

そんな幻想的な情景が鮮明に映し出されていた。

あいつには桜がよく似合う。

そんな気がする。

先ほど浮かんだ情景をいつかこの目で見てみたいと思った。



「そこの兄ちゃん!さっきからそれ見てるけど、気に入ったのかい?」



威勢のいい店主に声をかけられ、ハッ、とこちらの世界へ意識を戻される。



「ん、あぁ、自分で使いたいわけではなくて…」

「するってーと…あれか!贈り物だな!?」

「いや、そういうわけでも…」

「いやーいい趣味してるぜ兄ちゃん!女か?女なのか!?」

「だからそうでは…」

「こんな綺麗で上品な髪紐もらっちゃぁどんな女だって落ちちまうわなぁ!」

「待て、さっきから…」

「んでんで?既に恋仲なのか?それともこれを贈ってからの口説きかぁ~!?」

「あの、だから…」

「そーかそーか!まぁ心配すんな!応援してやっからよ!男なら決めるとこ決めたれ!」

「ちょ…」

「淡い恋物語応援価格ってことで特別大特価だぁ!持ってけ泥棒ぅ!んなぁっはっはっは
!まいどありぃ~!!」



………………………………………

…………………………

……………



気づけば俺は店を出ていた。

綺麗に包装された小包を持って。

何故このような状況になってしまったのだろうか。

まぁ、百歩譲ったとして、これを買ったことはいいとしよう。

問題はこれをどうするかだ。

渡しに行くか?

屯所までわざわざ出向いてまで?

…無理だ。

明らかにおかしい。

不自然にもほどがある。

だいたい渡すにしても、どんな顔で渡せばいいのかわからない。

何と言って渡せばいいのかわからない。

渡せたとして、その後は?

敵対している者からの施しなど、と拒否されるかもしれない。

そうしたらどうすればいい?

俺はどう動けばいい?

考えれば考えるほど頭が回らなくなってくる。

顔が熱い。

今の俺の顔は赤くなっているのだろうか。

両手で頬を押さえる。

そこでふと気がつき、周りを見渡した。

―…どこだ、ここは。

ぐるりと辺りを一瞥しても、俺の記憶にある目印は何一つ存在しない。

どうやら考え事をしながら歩いているうちに、大きな通りから外れてしまったようだ。

街の細かな路地など、道順を覚えている訳がない。

どうしたものかと思ったが、歩いていれば見覚えのある通りに出られるだろうと踏ん
で、再び歩き出した。





―…これは…そろそろまずいのでは…?

さすがの俺でもそう思い始めてしまった。

歩けど歩けど、見知らぬ道。

明るかった空も、だんだんと橙色に染まっていく。

手っ取り早いところ、限りなく少ないとは言えども、歩いててすれ違った人間に道を聞
けばいい話なのだが、俺はそれを許さない。

誇り高き鬼が人間共に頼るなど、言語道外である。

とはいえども、こんなところで道に迷っている時点で、誇りもなにもあったものではない
ような気がしてきてしまうが。

しかし、どれほどの時間歩いてきたのだろう。

いい加減足が言うことをきかなくなってきた。

立ち止まって足を休めるも、今一度歩きだす気になれず、そのまま壁を背に座り込んでし
まう。

まったく、一体全体どうしてこんなことになったのだろうか。

原因は間違いなく考え事をしながら適当に歩いていた俺にあるのだろうけれど。

そもそも俺に考え事をさせた奴がよくない。

俺は悪くない。