桜の幻想 第二話(薄桜鬼 風間×土方)
まだ足元がふらついている。
こんな状態の奴を放っておくわけにはいかない。
…こいつならばなおさらだ。
「全く、見ていられんな…。…来い、俺が屯所まで送る」
「あぁ?冗談じゃねえ。俺は女でも何でもねぇぜ」
「今はそんなことは問題ではない。そんな青白い顔をしておいて馬鹿なことをほざくな」
「だーかーらー、大丈夫だって何回言わせりゃ気が済むんだ」
「その顔で大丈夫なわけあるかっ」
「あぁ、ったく!何でもねぇっつってんだろーがっ!」
何を言っても聞かない。
決して人を頼らない。
一言も弱音を吐かない。
そんな強情な態度が俺の感情に拍車をかける。
そこまで俺は頼りないのか。
そこまでして俺の傍から離れたいのか。
―…そんなに、俺が嫌なのか…。
止まることの知らない様々な感情が渦巻く。
そして、俺という器から感情が溢れたかのような錯覚に陥ったその時。
「貴様に何かあっては俺が困るんだっ!」
土方の両肩を掴み、無理矢理目を合わせる形にした状態で、そう言った。
いや、気がついた時には、もう既に言ってしまっていた。
辺りの空気が一瞬止まる。
土方は目を見開いたまま硬直している。
俺も自分の言った言葉が理解できず一瞬固まっていたが、状況を把握したと同時に体が跳ねた。
「っ…もう、知らんっ。勝手にしろっ」
土方に背を向ける。
自分でももはや何を言っているのか、何を言いたいのか、訳がわからなくなっていた。
胸が苦しい。
心臓が脈を打ち過ぎて痛くなってきた気さえする。
熱い。
果てしなく、顔が熱い。
今が夕暮れでよかった、心から思った。
耳まで赤くなっているであろうこの顔に気づかれなくて済む。
「…風間」
不意に、土方が俺の名を呼ぶ。
俺は答えない。
振り返りさえしない。
できないのだ。
すると、またも不意に、土方の手が俺の手に触れる。
それだけでビクッ、と体を強張らせてしまう俺の体。
たまたま手がぶつかっただけか?
その考えは次の瞬間、消え去った。
土方が、俺の手を握ってきた、その瞬間に。
「…ありがとう」
蚊の鳴くような声でボソ、と呟き、手が離れる。
それと同時に振り返ったが、土方は既に小走りで駆けだした後だった。
その背中を、見えなくなるまで見続けた。
先ほどまで握られていた手。
まだ感触が残っている。
―ドクン、ドクン…
あぁ、うるさい。
少しは落ち着け、俺の心臓。
壁に背を預け、片手で顔を隠したままズルズルと地面に座り込む。
本当に、本当に、夕暮れ時で助かった。
心の底の底の奥底から、俺はそう思った。
この時の俺は知らなかった。
『貴様に何かあっては俺が困るんだっ!』
俺がそう言って、奴が硬直していた時。
真っ赤になったそいつの顔を、俺の顔と同様、真っ赤に染まった夕焼けが隠していたということを。
そして気がついた。
「…あ」
この小包を渡しそこねたという事実に。
作品名:桜の幻想 第二話(薄桜鬼 風間×土方) 作家名:トト丸