桜の幻想 最終話(薄桜鬼 風間×土方)
―パアァン…
―打て…打てえぇ……
―俺に続けぇ…構え……
―ゎぁぁぁ………ぉぉぉぉぉぉ………
どこからともなく戦の声が聞こえる。
この地に来て、もうどれほど探しただろう。
敵衆に遭遇してばかりいるが、目的には到達できないでいる。
―どこだ…どこにいる、土方…。
再び駆け出す。
周囲を見渡し、常に目を光らせている。
考えたくはないが、こうもうまくいかないと、つい最悪の事態ばかり想像してしまう。
羅刹といえども、100、1000の数に囲まれていたら?
仲間を庇って自分の身を守ることが疎かになっていたら?
敵の銃弾が銀の銃弾だったら?
考えれば考えるだけ気がおかしくなりそうだ。
ただ探すことしかできない自分に嫌気がさす。
ただ無事を願うことしかできない歯痒さが俺を蝕む。
頼む、どうか無事であってくれ…。
「っ…!?」
突然の突風が俺を襲った。
つい駆けていた足を止めて、顔をふせる。
ザザアァ…と音を立てながら、ようやく風が引いた。
ふと顔を上げる。
「…桜…か……?」
見渡す限り、桜、桜、桜。
さっきの突風も桜吹雪の助けをしたらしい。
青空の下の幻想。
夢を見ている心地だった。
桜を見ると、つい、思い出す。
悩んだ末に羽織と共に置いてきた、あの髪紐。
あの髪紐の柄も、桜だった。
奴は桜が似合う。
目を閉じると、桜吹雪の中にたたずむ奴が浮かぶ。
俺の中の土方は、舞い散る桜吹雪の中、こちらを見やり、いつでも微笑んでいる。
サク、サク、と、桜並木を歩きだす。
―その刹那。
「…っ!?」
夢かと思った。
いっそ、夢であってほしかった。
俺の中の光景が、今、目の前に存在していた。
ずっと思い描いていた光景。
桜吹雪の中。
奴はいた。
そして、俺を見やり。
微笑んでいる。
そのはずだった。
しかし、俺の目に映った、現実の光景は。
「…土…方……」
美しく舞い散る桜吹雪の中、桜の幹にもたれかかり。
血溜まりの中心で、瞳を閉ざしたまま動かない、土方の姿だった。
「土方…土方っ!」
意識を現実に戻すと、即座に駆け寄った。
見るからに顔が青白く、血の気が失せているのがうかがえる。
首の頸動脈に手を当て、脈をとる。
―…トクン……ト…クン………
指先から伝わってくる鼓動。
それは目の前の男が生きているという証拠だった。
しかし、あまりにも弱弱しい。
今にも消えてなくなってしまいそうなほどの微弱な脈。
―どこか、この怪我の治療を…医者の所に連れて行かねば。
事は一刻を争う。
手早く土方の体を抱き抱えようとした、その時。
「…っぅ……ん……」
声が、聞こえた。
バッ、と顔を向けると、薄く、薄く、その目が開いていた。
「土方!意識が戻ったのか…。声が聞こえるか?俺が見えるか?」
「…風…間……?」
「そうだ。俺だ」
開ききらない目で俺を見て、まだどこか夢見心地な様子で俺の名を呼ぶ。
俺だけを見るその瞳も、俺の名を呼ぶその声も、こんな状況でなければどれほど嬉しかったことか。
「…んだよ…やっぱりいたのか…気のせいじゃ…なかったんだな……」
声が出ないのだろう。
蚊の鳴くような声で何かうわ言のように呟いている。
「もう喋るな。医者のところに連れていく」
そう言って再び抱き抱えようとする。
しかし、それは土方の制止の手によって妨げられた。
「いい…救護班なんて…とっくに潰された…。どのみち…俺は助からない…」
「っ、だが、それでは…っ」
口籠る。
土方の手が、やんわりと俺の口を塞いだからだ。
「…ここまで…誇りを持って、戦い抜いてきたんだからよ…最期くらい…俺にご褒美くれたって…いいだろ…?せっかく会えたんだ……あんたと…一緒にいたいんだよ……」
悲しいまでに切なく、そして美しい微笑みを見せる土方。
最期くらい。
最期。
その響きが俺の胸をかきむしる。
俺は何も言わず、土方と同じ木の幹に背を預けた。
「…あんた…馬鹿だよな…こんなとこまで…来るなんて…な…」
「嫌だったか…?」
フフ、と柔らかく微笑む土方。
その瞳は、微かに潤んでいる。
「…嬉し過ぎて…泣きそうだ…」
そう言って目を伏せると、一筋の線が、土方の頬を伝う。
土方の、涙。
「…意外と泣き虫なのだな」
「うるせえ…あんたの前でしか…泣けねえんだよ…」
「ふん…可愛いことを言ってくれる」
人は、こんなにも綺麗に涙を流せるものなのか。
土方を見て、そう思った。
俺のために流してくれる、涙。
それがこの気持ちをより一層強くしている。
―ザアアアァァ…ザザアァァ……
そよ風が、俺達を暖かく包む。
幻想的に舞い散る桜。
儚く、美しく、それでいて強さを感じる。
やはり、よく似ている。
桜と、俺に体を預けているこの男は。
ザアァ、と、再び桜が舞い上がる。
―…この時が、永遠であってくれないだろうか…。
そんな大それたものなど望まない。
ただ、俺の傍に土方がいる、それ以外に何もいらない。
こんなささやかな願いさえ叶わぬのか。
グッ、ときつく唇を噛んだ。
「…風間…」
微かに漏れる吐息のような声で、俺を呼ぶ。
そのまま続けた。
「…俺は…残していけただろうか…新選組の…みんなの『誠』を…この戦いで…刻みつけていけたのか……」
今にも消え入りそうな土方の体を、衝動的に俺の胸に抱き寄せる。
抵抗はない。
それに合わせ、俺の肩に、頭を預けてきた。
「お前は、よくここまで戦い抜いてきた。この羅刹の体で、よくここまで…」
ふと、土方に優しく振りかかる、桜吹雪が目に映る。
―…綺麗だ…。
場にそぐわず、素直にそう思った。
俺はそのまま、言葉を紡ぐ。
「…お前の働きは敬意に値する。お前はもう、羅刹ではない。一人の鬼として、存在を認める。…お前の生きてきた、武士として己を貫き通した証に…俺から、鬼としての名を授けよう…」
ハラリ、ハラリ。
桜は柔らかに俺達に降り注ぐ。
儚くも、美しい。
それはまるで。
薄く色づく桜達の、刹那の幻想。
「…薄桜鬼…だ」
薄桜鬼…か…。
囁くように呟く土方。
そして、フワリ、と、笑みを零すと、
「…気に…入った…」
一言、俺にそう伝えた。
「俺は…新選組の意志も…己の生きた証も…ここに残せた…。あんたともまた会えて…名までもらった…もう、思い残すことは…何も…ない……」
土方の紡ぐ言葉が、声なのか吐息なのか判断できぬほど、次第に小さくなってくる。
俺は目を背けない。
しっかりと土方の目を見据え、一言も聞きもらすことなく耳を傾ける。
作品名:桜の幻想 最終話(薄桜鬼 風間×土方) 作家名:トト丸