桜の幻想 最終話(薄桜鬼 風間×土方)
「あんたはいつでも…俺の傍にいた…共に在れて…共に戦えて…体はなくとも…俺の心は刀…心と心が…ここにあった…。…あんたのおかげで…ここまで、やってこれた…。あんたと…風間と出逢えて…本当に、よかった……」
―…ありがとう………。
ありがとう、と。
その言葉が、土方の最期の言葉だった。
「…土方……?」
―トサッ…
俺の首にまわっていた手が、音を立てて滑り落ちた。
瞬間、俺は全てを悟る。
その土方の表情は、菩薩の如く、温かな笑みを浮かべていた。
「…綺麗な寝顔だな、土方よ」
返事が返ってこないことをわかっていて、俺は目の前の男にそう声をかけた。
優しく、壊れ物を扱うように、頬を撫でる。
そして。
まだほのかに温かい、その唇に。
己のそれを重ねた。
―パラ…サラサラサラサラ……。
土方の体が、灰となってこの桜吹雪に溶けていく。
風が、桜が、土方を連れて行っているようだ。
―…逝った…か………。
お前は散り際まで桜のようだな。
そう思い、土方の通って行った遠くを見つめていた。
カシャン。
何かが足に当たった。
「土方の…刀…」
幾度もこの刀と共に、戦場を駆け抜けてきたのだろう。
これは、いわば武士の魂。
―土方の、心。
ふと、刀の鞘に結んである何かが目に入る。
これは…。
―俺が置いていった…髪紐…?
髪を結う必要もなくなって、もう捨てたものだと思っていた。
手に取り、近くで見る。
何か、黒い模様が目に入った。
結び目をほどき、広げると、それは筆で書かれた文字と認識できた。
「…っ!?」
声にならない声を上げる俺。
うまく呼吸ができない。
そこに書かれていた言葉は…。
『心と心は共にあり』
これは…。
この言葉は…。
『…体はなくとも…俺の心は刀…心と心が…ここにあった…』
奴の心は、刀。
俺の心は…奴の心に結んであった、これ…。
「…っ…ぅ……」
眼球の奥から、熱い何かが迫り上げてくる。
不思議と流れなかった涙が、今、溢れて止まらない。
苦しい。
苦しい。
息が、できない。
大切だった。
できることなら、どこか遠くへ、誰にも干渉されないどこかで、ずっと共に在りたかった。
ずっと、隣で微笑んでいてほしかった。
ずっと…傍にいてほしかった…。
声にならない叫びが、涙となってとめどなく流れ落ちる。
この涙を、この想いを止める方法など、俺が知っているはずもなかった。
―………
―………………
―………………………
どれほど泣いただろう。
とても長いことこうしていた気もすれば、とても短い時間だった気もする。
上を見上げる。
空はまだ、青かった。
この空のどこかに、土方はいるのだろうか…。
つい、そんなことを考えた。
ふと、左手に持った刀、右手に持った髪紐を見やる。
―体がなくとも、心はここに在り続けるのだな…?
俺は青い空に、そう問いかける。
返答はない。
だが、俺には届いた。
奴の…土方の、想いが。
―キュッ…
奴の心と俺の心を、再び結んだ。
きつく、しかし優しく、二度と解けることのないように。
「…ふん……貴様の想い、俺が背負って生きてやろう…」
―…心は、ずっと共に………。
言葉にすることはなく、心に誓う。
―俺は…ここにいる………。
どこか、土方の言葉が聞こえた気がした。
フッ、と、上を見上げる。
そこには、舞い上がる桜と、空があった。
―見渡す限り、どこまでも続く―…
―桜吹雪が舞い踊る―……
―青く…青く澄みきった、美しい空が広がっていた―………
* fin *
作品名:桜の幻想 最終話(薄桜鬼 風間×土方) 作家名:トト丸