初恋
そっか。なんでこのひとが、わたしがこたえにくいようなことを言うのかわかった。
こまったかおって、いいんだ。
すごく、いい。
「卒業式、だったし、大学行っちゃったらもうしばらくあえないな、と思っちゃって。なんとなく、会いたくなったの」
「……美樹原さん……」
「んっとね、わたしね。――君?」
「ごめん!」
あのひとは突然頭を下げた。
……なんで?
「ごめん……」
「どうしたの?」
「君の気持ちは……しってた……。だけど、でも……」
聞きたくない。
わたしは激しく頭を振った。
そんなの、聞きたくない!
優しかったじゃない! 笑ってくれたでしょ?
「美樹原さん……」
名前を呼んで。
美樹原さん、て言い方大好きなの。
少しだけ笑うの、大好き。
「ごめん……僕は……僕は……」
「――くん? どうしたの? 寒いのに……あら?」
おんなのこの、声。親しげに、幸せそうに。
「詩織……」
そんな顔しないで。嫌。こんなの、困った顔でもぜんぜんよくない。
「いやあぁ!」
そんな顔、しないでっ!
「……!」
「……みき……は……」
熱い。手が、ぬるぬるする。わたし、絵の具なんてもってたっけ? アクリルの、深い、赤。それにしても、おおいな。大きなチューブのって、こんなにはいってたっけ?
重い。手が重いの。なんともいえない手応え。
だから、わたしはちからをこめる。そうしたら、聞いた事のないおと。感触と音が一体。変なの。へえ……そんなこともあるんだね。
きもちわるい音だったけど、手が軽くなった。
……やだ……な。いっぱいぬるぬるしてて……。このふく、気に入ってるのに。まっしろなモヘアのセーター。こんなの汚しちゃったらおちないんだよ。
「きゃあああっ! 誰か! 誰かきてぇっ!」
絵の具、腐ってるみたい。こんなにおい、へん。
「……わるいのよ……。あなたが……わるいの……」
だぁれ? この声。
「おとうさん! おかあさん! ――君が! おじさま! おばさま! 誰か、誰かきてぇっ!」
うるさい。
この甲高い音、嫌い。
人の声って、なんでこう嫌な音なのかしら?
呼んで。
美樹原さん、て。
この声だけは大好き。
だから、いつもみたいに優しくして。
fin