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波間の蜜月

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波間の蜜月

***

港町は活気づいていた。
赤レンガの街並みに、白い帆を畳んだ船がいくつも連なる眺めは、線と面を多様に織り込んで美しい。
すでにどの商船も荷の積み下ろしを終えて、船員も久しぶりの町へ繰り出している。
船は静かに小さな波にたゆたいながら、主たちの帰りを待っていた。
海は薙いでいて、風はおだやかだ。
それでも、日が傾いてくると少し冷える気がして、エリザベータは
カシミヤのストールを引き寄せる。
物憂げな横顔にはちみつ色の後れ毛が絡みついた。
高めに結いあげた金褐色の髪、翡翠色の大きな瞳に、質素で仕立ての良い若草色のドレス。
人気の少なくなった港をぐるりと見まわして、踵を返す。
今日は収穫はなかったけれど、明日は別の人に話を聞けばいい、それだけのことだ。

だからため息なんかつかない。
唇を引き結んで顔を上げたところで、間近から覗きこんでいる赤紫の瞳に気付いた。

***

ギルベルトは胸のクロスを握りしめて感謝の言葉を呟いた。
アントーニョという名の気の良い男に拾われて、あらゆる港を訪れるチャンスに恵まれたことを、
記憶をなくす不運に見舞われたにも関わらず名乗る名があることを。

ギルベルトがラベンダー色の影がさす紅茶色の瞳いっぱいに映しているのは、港にたたずむ物憂げな美女。
夕暮れの海を遠く見る瞳は新緑の色をしていて、何かをこらえるように長いまつげをぐっと押し上げている。
気丈なくせにどこか脆そうで、ちょっかいをかけたい衝動が抑えきれない。
嘘のように胸が高鳴っていた。

足取りも軽く近づいて、すいっと顔を覗き込む。

「よう、こんばんは。一人でどうしたんだ?」
「…!?」
美女は息を呑んで振り返る。
おっとりとたれた目じりと大きな黒目が、思ったよりも彼女を若く見せた。
「あ…」
ぽかんと口を開けて目を丸くする。
やばい、人を呼ばれるかもしれない。
スマートに声をかけるにはちょっとテクニックが足りなかったかもしれない。
慌てて一歩離れて両手を振った。
「や、悪い邪魔したかったんじゃねえんだ、こんなところにいるのには何かワケでもあんのかと思って」
短い銀髪をきまりわるそうにかいて笑いかける。
「…ん…、あ、ううん」
勢いよく振り向いたせいでほどけた髪を指で梳いて、彼女は唇を閉じた。
「別に…ちょっと探し物をしにきてただけだから」
ちらりと視線を合わせてから、桃色の唇がゆっくり笑う。
頭の芯が疼くような感触がして、心臓がとびはねた。

***

誘われるままに港を出て、町へと歩きながらエリザベータは困っていた。
銀髪の彼は長い足でさっさと歩いては、時々立ち止まって振り返る。
そのたびに左手をウエストのあたりまで持ち上げては下ろすので、
手をつなごうかどうしようか迷っているのだと分かる。
それなら歩くスピードを合わせてくれたらいいのに、彼は話すことが思いつかないらしく、
エリザベータが追いつくとまたスタスタ歩き出す。
申し訳なさそうに背中を丸めて、不機嫌そうに口を引き結んで、耳まで赤くなって。
だから、言い出すタイミングをすっかり見失ってしまった。

私の探し物は――探していたのはあなただと。

普段の口調に基づいて意訳すれば

誰を探してると思ってるのよこのばか!!!

くらいが妥当なのにと思い出して胸が冷たくなる。
半年も行方不明になってたくせに、謝るそぶりがないことなんてどうでもいい。
手なんか、つなぐような仲ではなかったから構わない。
どうして、そんな風に普通に近づいて来るのかが不思議だったのだ。

私たちは酷い別れ方をしたはずなのに。

***

「名前、教えてくれよ」
見晴らしのいい街角にたどり着いてからやっと、ギルベルトは彼女にその一言を言い切った。
「え…」
彼女は頬を少し赤くして、
「あなたの、名前は?」
と聞いてきた。
「ギルベルト。ギルベルト・バイルシュミット」
「ギルベルト…ギル。私は…私の名前。当てられる?」
視線を合わせて眉尻を下げたので、一瞬泣きだすのかと思った。
思わず息を飲むと、彼女は小さく笑った。
「エリザベータよ」
「エリザベータ…」
口の中で転がす名前は妙に心地よい。
「気に入ったぜ、名前も顔も声も体も全部ひっくるめて――――」
「は!?」
緑の瞳がまんまるになる。
「俺様の好みどストライクだ!」
「ちょっ…」
耳まで赤くなったエリザベータの手を取る。
「まずはメシだよな!!」
「な、なな、なにいってんのあんたなにかんがえてんの!!」
けせせ、と笑ってよろめいたエリザベータを引っ張る。
ついでにしっかり手を握った。白くて細い指は少し荒れている。
水仕事をする女の手だった。

***

ごく自然に手を引かれているのに気付いて、エリザベータは頬を染めた。
「ギル、ギルベルト…待って」
大股に歩く銀髪の男に声をかけると、照れ臭そうに振り返って足を止める。
悪い、と笑う顔が少年の頃を思い出させて、胸が締め付けられた。

彼の名も声も体温も、忘れるはずがない。

けれどこんな風に微笑まれる間柄ではなかった。

違和感はぬぐえなくて、手は離したくなくて、気持ちの置きどころが決められない。
異国から下ろされた品物がそのまま広げられた、白いテントのバザールを2人で抜けていく。
エリザベータはアクセサリーは嫌いか、と尋ねられて首を振った。
何か買ってやろうかと言いだすので慌ててまた首を振った。
無駄遣いはよしなさいよ、といつものように言い出したら、うれしそうな顔をされた。
そういうこと言われると、すごい昔からの知り合いのように感じられるのだと。

胸に鋭い痛みを覚えて、涙がにじんだ。
忘れているんだ。
本当に、全部。

嗚咽がこみ上げてきたのでうつむいてこらえたら、石畳につま先がひっかかった。
ああ、ギルベルトを探して歩きすぎて、靴底が剥がれかかっていたから。
抵抗する気もなく石畳に倒れ込みかけたところを、ギルベルトの腕が抱きとめた。

「メシくらいつきあえよ。…なあ、そのくらいはいいだろ?」

髪を撫でてそっと離れる彼の腕は、細かい傷がいくつも増えていた。

***

転んだエリザベータを抱きとめる役得の上にメシまで約束できたなんて俺様ラッキーすぎだろ!
ギルベルトは有頂天でエリザベータをアントーニョお勧めの酒場に連れ込んだ。
同じ船に乗り合わせていた船乗り仲間もすでに何人か飲んだくれていて、さっそく野次が飛んできた。

「おいおいギルベルト、なんだその美人!!」
「俺様がこれから口説く女だよ、お前らにゃ渡さねえぞ!」
「なに言ってるのばかなの!? ちょっとねえギル!!」
「親父!ビールくれ2人分!」
顔をしかめてきゃんきゃん騒ぎ出したエリザベータを引き寄せて勝手に注文を出す。
「もう…しょうがないなあ」
振りほどこうとはしないけど、体重を預けてもこないつつましい距離感と、
急に親しさを感じさせるようになった怒り顔にぐっとくる。
ウエストに回した手を離すのがもったいなくて、寄りそったままジョッキを受け取った。
「ずいぶん羽振りがいいのね、ギル」
「ん、荷降ろしして賃金が入ったからな」
「…働いてるの?」
作品名:波間の蜜月 作家名:佐野田鳴海