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待ち合わせ

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ふと顔を上げて、まだ午後六時までに余裕があることを確認したスティーブンは再び書類に向かった。
 予定の時刻までには退屈なデスクワークも片付くだろう。今日はみんな出払っていて静かだし。
 そう思った矢先に携帯が鳴る。
「ウィ、スティーブン…………わかった。一時間後に変更だな。ああ、それじゃ」
 予定は一時間繰り下げになった。書類を片付けてもまだ余裕がありそうだ。
 その前に、約束の相手に予定変更を伝えないといけない。通話を切った携帯の着信履歴を遡り、“レオナルド・ウォッチ”に電話をかけた。
『プッ……おかけになった電話は、現在電波の届かないところにいるか、電源が入っていない状態で……』
 機械的なアナウンスに眉をしかめる。この街は異界との境界でありながら、人類が闊歩するエリアの電波状態は悪くない。大崩落の際に一度、既存のネットワークがことごとく切断されてしまった。大混乱の上に知り合いに連絡もつかない有様だった。街の変動が落ち着いてからも、人類と異界人とのトラブルは多く、そんなときに警察やセキュリティー会社や家族など、助けを求める電話がかけられないとなると大問題だ。最低限、人類が生活する上で通る場所は携帯の電波が届くように、と、大急ぎで新しいネットワークが設置された。異界人が集まるエリア等は対象外だが。
 彼が携帯の充電をしてないことは珍しいので、異界人の友達でも尋ねて、人類の少ないエリアに踏み込んでいるのかもしれない。それはそれで危険が伴う。念のためパソコンでマップを開き、彼のGPS信号を確認した。
『LOST』
 赤字で踊る不吉な文字に緊張が走る。
 まだ事件に巻き込まれたとは限らない。その前兆はなかった。
 以前にもレオナルドの携帯のGPSを見失い、かなりのピンチに陥ったことがある。だが、そのときの彼は携帯を失う前に救難信号を送っていた。
 とにかく安否さえわかればいい。すぐに携帯で部下に電話をかけた。
『はい、ザップ。なんすか、今忙しいんすけどっ』
「ザップ、今レオナルドと一緒か?」
『ハァ?今日は見てないっす。っつうか今魚類とメンドクセェ喧嘩に巻き込まれてて忙しいんで』
 あからさまにイライラした様子で通話を切られた。巻き込まれてると言ったが、魚類ことツェッドと喧嘩していたところに現れた別の厄介な何者かを巻き込んだ可能性もある。
 とにかく、いつも連れだって行動している若手トリオのザップとツェッドとは一緒にいなかった。
 次に一緒にいる可能性のある人物を探して電話帳を手繰ったが、そもそも今日はそれぞれ用事で出かけている。
 クラウスとKKは運転手役のギルベルトと三人で出かけているし、諜報担当のチェインは所属する人狼局に呼ばれていて不在なのだ。彼らが非番のレオナルドと一緒にいる可能性は低い。
 レオナルドも親しくしている武器屋に確認しても知らないと言うし、バイトも今日は休みのはずだ。
 安否確認がとれないまま時間だけが過ぎていく。
 何かが起きているなら時間の勝負だ。後手に回るほどレオナルド少年の安全は保障されなくなる。
 十秒だけ悩んで書類を放り出し、車の鍵を取って事務所を飛び出した。

 まずは自宅。金のない彼のボロアパートを訪ねるのは初めてだ。
 ノックしても返事がない。仕方なく隣室の異界人を捕まえて聞けば、昼頃出かけてから戻っていないらしい。お人好しの彼らしく近所づきあいをしている様子で、隣人はレオナルドのことをよく知っていた。
 しかし、出かけた先まではわからないとのことだったので、彼のバイト先に向かった。急遽バイトが入った可能性もないわけじゃない。
 レオナルドのバイト先はデリバリーピザ屋だ。彼は宅配担当。店頭にいたスタッフに確認したが、今日は予定通り休みだし顔も出していないそうだ。
 その次は彼行きつけの店、ダイナー。ライブラ入りする前から世話になっている店だ。バイトも休みで一人で暇をしているなら可能性はある。と思ったけれど、結局ここも空振りに終わった。カウンターの中にいたボーイッシュな女性に声をかけたら、その奥にいたオーナーらしい男性、おそらく彼女の父親に睨まれた。彼女を口説いたわけでもない、レオナルドの行方を聞いただけだというのに。
 そうなると、彼の寄りそうな場所の心当たりが尽きてしまう。愛車のスクーターはアパートにあったので遠出はしていないはずだが。
 ふと目の前を歩いていくハンバーガーチェーンの包みを抱えた子供に目を留めて思いついた。
 彼やザップがよく食べているファストフードチェーンだ。滞在時間は短いだろうし、もし彼が今日そこへ足を運んでいても行き違いになるかもしれない。だが、来店したかどうかぐらいは確認できるんじゃないか。
 他にあてもなくハンバーガーチェーンのジャック&ロケッツを訪れた。店は異界との繋がりを拒否して旧紐育の面影を残した街並みに引きこもる人類の巣窟、42番街にある。
 そのエリア自体は時々訪れるが、ファストフード店はいつも素通りだ。意外と混み合う店内のレジに並び、特に食べたいわけでもないハンバーガーを注文する間にレジの逞しい女性に尋ねた。
「ジャックベジタブルバーガー一つと……ちょっと訊きたいことがあるんだけど、よくここに買いに来るくせ毛の、糸目で、首にバイクのゴーグルを下げた男の子がここへ来なかったかな?」
「アタシくらいの身長の?知ってるわ、毎週来る子ね。彼なら昨日来たわよ」
 そう言って勝手にベジタブルバーガーをジャックチーズバーガーセットとジャックチリロケッツドッグセットに変更した。ドリンクはペプシとダイエットペプシ。
なるほど、彼はよっぽどの常連らしい。別にお使いに来たわけじゃないが、面倒になって逆らわなかった。
 少し待たされて受け取った袋の中に電話番号のメモが入っていた。レジの女性か、その奥で動き回っていて目が合った女性かわからなかったけれど。どっちにしろ見なかったことにした。

 なんだかんだで日暮れ近く。あてもなく走り回るのもやめにしようと決めて、最後にGPS信号の途絶えた場所を訪れた。待ち合わせ予定の噴水前だ。
 人類異界人問わず人が多い待ち合わせスポットであり、あと一時間半後にターゲットが降りる予定のバス停前。
 自分の足で地道に走り回るのは珍しいことで、別に運動不足というわけでもないが、ドッと疲れがきて噴水の淵に座り込んだ。
 正面の歩行者信号が青に変わって、人の群れが動き出す。その人混みから名前を呼ばれた。
「スティーブンさん!」
「……レオナルド?!」
 間の抜けた声が出た。少年は小走りにやってきて、呑気に「早いですね」などと言う。
「君、なんでここに?!」
「なんでって、ここで待ち合わせじゃないですか。早めに来たつもりだったんすけど…」
「そうか……」
 変更前の待ち合わせ時刻は確かにもうすぐだ。当初の目的を失念していた。
「じゃあ、携帯はどうした。繋がらなかったぞ」
「え、ああ……!」
 ポケットをパタパタ叩いて携帯がないことにたった今気づいたらしい彼はスティーブンの座る横に両手をついて噴水の溜まる池を覗き込んだ。スティーブンも振り返って彼の視線を追う。
作品名:待ち合わせ 作家名:3丁目