Brand New Days
――新学期が、始まろうとしている。
アイギスは無事に、そのまま進級して学校に通うことができることになった。なんとか桐条先輩が手を回してくれたようだった。
アイギスとゆかりっチは、寮に住むことになった。風花は家に帰って、親御さんとうまくやれるように頑張ってみるそうだ。ダメだったら寮にきなよ、とゆかりっチが彼女の背中を叩いていた。
俺も寮に住むっていうことを考えたけど、やらしい意味でなくどうせ女子寮と男子寮は別で、真田先輩も桐条先輩もコロマルも天田も、――アイツもいない。仲間たちとは離れ離れだ。
だけど、離れ離れというのは時間が進んでいるということだ、変わるってことは、生きるってことだ。アイツが、それに気付かせてくれた。だからこそ、寮に住むという選択肢を選び取るのはやめたのだ。俺も、いつまでも巌戸台分寮での思い出にしがみついてじだんだ踏んでるわけにはいかないのだ。アイツには、もう会えないんだから。だから、俺は生きなきゃならない。
だから俺は、逃げ続けてずっと帰りたがらなかった場所に帰ることにした。
俺も成長したなと思うのだ。いーかげんに生きてただけ、息吸って飯食って眠って、ホントただ“生きてた”だけの頃の俺をぶん殴ってやりたい。生きてるだけじゃ、将来に漠然とした不安や心許なさを感じるのは当たり前なのだ。だから、俺はちゃんと地に足つけて、ついてるだけじゃない目でちゃんと親父を見て、ついてるだけじゃない口で親父と話をした。俺がアンタをどれだけ嫌いかだとか、そういうあんま気持ち良くない話だ。なんか文句いってやろうとか考えたらいいたい文句なんてとめどなく溢れてきて、なのに不思議と、家族の――昔のいい思い出とかそういうもんが頭の中に浮かんでいた。
たぶん、嫌いだったんじゃないんだ。ずっと、いろいろ、怖かった。
たぶん、親父も、怖かったんだ。
「……桜、か」
ふっと去年のことを思い出した。アイツがいた去年の出来事なんてしょっちゅう思い出すわけだが、思い出したのは去年のちょうど、4月7日――今日のことだ。
転入生には、俺は優しくしてやろう、一番最初に話し掛けて親切にしてやろう。転入したての俺が、クラスメイトに話し掛けられて嬉しかったときみたいに、誰よりさきにそいつに話し掛けて友達になってやろう。そういう心意気で、鉄面皮で朴念仁だとはつゆしらず、転入初日で緊張してんだろ初々しくてかぁいいなーなんて俺はアイツを血の通った同じ人間だと勘違いをしてしまい、優しく話し掛けたら緊張していたのではなく素で宇宙人で血も涙も心もない「どうでもいい」が口癖の常にやる気ゼロパーセントな非道人間の優しく声を掛けたげた俺への第一声はひどいもんだった。ぼそりと「誰お前」。
あのときぶん殴ってやらんかったのは正直今まで何度も後悔したけど、俺は大人だったんだ大人だったんだと怒りを鎮めてきた。そう、よく殴らなかった。俺は大人だな。
思えば、ウマが合わなかったのかもしれない。
だってあんな愛想ねーわりに、万有引力でもあんのかしらんが同級生とか他校生、飲んだくれのお坊さんとか病弱な男性、商店街の古本屋の老夫婦から小学生の幼女まで、しまいにゃー時価ネットの田中社長までときたもんだ。そんなふうに変幻自在に人付き合いしちまうあいつが俺とはうまくできなかったわけだ。俺だけの責任ではない。そう、ウマが合わなかったのだ。
そんでも、俺がつっけんどんしてても意味ねえって、こいつには敵わねえ、だから腹括って謝ったときにさ。いままでひでー態度とってた俺に、あいつは「別に気にしてない」って、転入したときに親切に声掛けた俺をつっぱねたときみたいな調子で、そういったのだ。
その時にさ、俺は、ほんとに、こいつには敵わねえな、って思ったのだ。
偏屈なダメダメヤローの俺がさ、そうやって思っちまうくらいだ。あいつのこと好きなやつなんていっぱいいたし、ゆかりっチだってあいつにお熱だった。ゆかりっチだけじゃあない。俺だってそうだ。いつのまにか、あいつがいてよかったって思うことが、今になってたくさんあるのだ。楽しかったこととか嬉しかったこととか、なんだかんだ、思い起こすもんはアイツと一緒の思い出ばっかだ。…あ、も、もちろんチドリンも。
まあこんなアイツのこと絶賛しちまってる俺はおホモなんじゃねーかといわれるかもしれねーが、俺は健全な十七歳男子高校生だ。女の子が――チドリンが大好きだ。
「あ、順平じゃん。おはよー」
「おはようございます」
突然、べしっと背中を叩かれた。ゆかりっチとアイギスがそこにいた。でも叩かれたってレベルじゃない。俺らは結構な頻度で、夜の月光館学園――通称タルタロスを夜な夜な武器片手に登ってうろつく化けもんの後ろ頭をひっ叩いていたのだ。いくらゆかりっチがひ弱な女子高生体型をしていたって、彼女の腕力は侮れるレベルではない。
じんじん痛む背中を摩りつつ、歩くスピードを緩めて三人で歩きだす。
「風花は…その様子じゃ会ってねえんだな」
「寮じゃないからねー。風花もさ、変わったよね。昔のまんまだったら絶対私たちと一緒に寮入ってたし」
ゆかりっチが、不意に空を見上げる。俺もつられて首を上に向ける。
「私はまださ、お母さんと一緒に住むっていう踏ん切りつけられないんだ。そういう話も出たんだけどさ、うやむやにしたまんま。順平だって家に帰ったってのに、私ひとりだけ決着つけらんないまんまだわ」
「や…てか、俺も別に決着ついたってわけじゃねえし。やむなく帰ったっていうか…ってか、いいんじゃねえの?ゆかりっチにはゆかりっチのペースがあるわけじゃん」
「私もラボには帰りませんでした」
「や、どちらかっていうとアイギスの帰らないは前身じゃない。…ま、順平に意見されるなんて腹立つけど、そうだよね。私は私のペースでやっていくつもり」
相変わらず当たりが強いが、このツンツンな態度は彼女の個性なのだ。慣れっこだったし、彼女がもとどおりに笑っているのを目にして俺はすげー安心した。ちょっと違うのは、俺が言うのもなんだが、顔つきっていうのが変わっていた。男の俺まで頼っちまいたくなる顔だ。
アイギスだって、俺らんところに来たばっかりとは全然違う。別人だ。いまのアイギスを見てロボットだなんて思うやつなんて、ひとりだっていやしないだろう。去年のスットンキョーすぎるアイギスを見てさえ、誰もロボットだなんて疑いやしなかったのだ。いまじゃアイギスは完璧な人間だ。大事な大事な、心ってもんを、いっちょまえに持っている。
「クラス変え、どーなってんだろーなー」
「また順平と一緒だったらどうしよ。てか、アイギスもし一人になったらどうすんの?」
「あー、まぁ、そうね。いや、でもさすがにそこらへんは桐条グループも手を加えてくれてんじゃねェの?」
アイギスは無事に、そのまま進級して学校に通うことができることになった。なんとか桐条先輩が手を回してくれたようだった。
アイギスとゆかりっチは、寮に住むことになった。風花は家に帰って、親御さんとうまくやれるように頑張ってみるそうだ。ダメだったら寮にきなよ、とゆかりっチが彼女の背中を叩いていた。
俺も寮に住むっていうことを考えたけど、やらしい意味でなくどうせ女子寮と男子寮は別で、真田先輩も桐条先輩もコロマルも天田も、――アイツもいない。仲間たちとは離れ離れだ。
だけど、離れ離れというのは時間が進んでいるということだ、変わるってことは、生きるってことだ。アイツが、それに気付かせてくれた。だからこそ、寮に住むという選択肢を選び取るのはやめたのだ。俺も、いつまでも巌戸台分寮での思い出にしがみついてじだんだ踏んでるわけにはいかないのだ。アイツには、もう会えないんだから。だから、俺は生きなきゃならない。
だから俺は、逃げ続けてずっと帰りたがらなかった場所に帰ることにした。
俺も成長したなと思うのだ。いーかげんに生きてただけ、息吸って飯食って眠って、ホントただ“生きてた”だけの頃の俺をぶん殴ってやりたい。生きてるだけじゃ、将来に漠然とした不安や心許なさを感じるのは当たり前なのだ。だから、俺はちゃんと地に足つけて、ついてるだけじゃない目でちゃんと親父を見て、ついてるだけじゃない口で親父と話をした。俺がアンタをどれだけ嫌いかだとか、そういうあんま気持ち良くない話だ。なんか文句いってやろうとか考えたらいいたい文句なんてとめどなく溢れてきて、なのに不思議と、家族の――昔のいい思い出とかそういうもんが頭の中に浮かんでいた。
たぶん、嫌いだったんじゃないんだ。ずっと、いろいろ、怖かった。
たぶん、親父も、怖かったんだ。
「……桜、か」
ふっと去年のことを思い出した。アイツがいた去年の出来事なんてしょっちゅう思い出すわけだが、思い出したのは去年のちょうど、4月7日――今日のことだ。
転入生には、俺は優しくしてやろう、一番最初に話し掛けて親切にしてやろう。転入したての俺が、クラスメイトに話し掛けられて嬉しかったときみたいに、誰よりさきにそいつに話し掛けて友達になってやろう。そういう心意気で、鉄面皮で朴念仁だとはつゆしらず、転入初日で緊張してんだろ初々しくてかぁいいなーなんて俺はアイツを血の通った同じ人間だと勘違いをしてしまい、優しく話し掛けたら緊張していたのではなく素で宇宙人で血も涙も心もない「どうでもいい」が口癖の常にやる気ゼロパーセントな非道人間の優しく声を掛けたげた俺への第一声はひどいもんだった。ぼそりと「誰お前」。
あのときぶん殴ってやらんかったのは正直今まで何度も後悔したけど、俺は大人だったんだ大人だったんだと怒りを鎮めてきた。そう、よく殴らなかった。俺は大人だな。
思えば、ウマが合わなかったのかもしれない。
だってあんな愛想ねーわりに、万有引力でもあんのかしらんが同級生とか他校生、飲んだくれのお坊さんとか病弱な男性、商店街の古本屋の老夫婦から小学生の幼女まで、しまいにゃー時価ネットの田中社長までときたもんだ。そんなふうに変幻自在に人付き合いしちまうあいつが俺とはうまくできなかったわけだ。俺だけの責任ではない。そう、ウマが合わなかったのだ。
そんでも、俺がつっけんどんしてても意味ねえって、こいつには敵わねえ、だから腹括って謝ったときにさ。いままでひでー態度とってた俺に、あいつは「別に気にしてない」って、転入したときに親切に声掛けた俺をつっぱねたときみたいな調子で、そういったのだ。
その時にさ、俺は、ほんとに、こいつには敵わねえな、って思ったのだ。
偏屈なダメダメヤローの俺がさ、そうやって思っちまうくらいだ。あいつのこと好きなやつなんていっぱいいたし、ゆかりっチだってあいつにお熱だった。ゆかりっチだけじゃあない。俺だってそうだ。いつのまにか、あいつがいてよかったって思うことが、今になってたくさんあるのだ。楽しかったこととか嬉しかったこととか、なんだかんだ、思い起こすもんはアイツと一緒の思い出ばっかだ。…あ、も、もちろんチドリンも。
まあこんなアイツのこと絶賛しちまってる俺はおホモなんじゃねーかといわれるかもしれねーが、俺は健全な十七歳男子高校生だ。女の子が――チドリンが大好きだ。
「あ、順平じゃん。おはよー」
「おはようございます」
突然、べしっと背中を叩かれた。ゆかりっチとアイギスがそこにいた。でも叩かれたってレベルじゃない。俺らは結構な頻度で、夜の月光館学園――通称タルタロスを夜な夜な武器片手に登ってうろつく化けもんの後ろ頭をひっ叩いていたのだ。いくらゆかりっチがひ弱な女子高生体型をしていたって、彼女の腕力は侮れるレベルではない。
じんじん痛む背中を摩りつつ、歩くスピードを緩めて三人で歩きだす。
「風花は…その様子じゃ会ってねえんだな」
「寮じゃないからねー。風花もさ、変わったよね。昔のまんまだったら絶対私たちと一緒に寮入ってたし」
ゆかりっチが、不意に空を見上げる。俺もつられて首を上に向ける。
「私はまださ、お母さんと一緒に住むっていう踏ん切りつけられないんだ。そういう話も出たんだけどさ、うやむやにしたまんま。順平だって家に帰ったってのに、私ひとりだけ決着つけらんないまんまだわ」
「や…てか、俺も別に決着ついたってわけじゃねえし。やむなく帰ったっていうか…ってか、いいんじゃねえの?ゆかりっチにはゆかりっチのペースがあるわけじゃん」
「私もラボには帰りませんでした」
「や、どちらかっていうとアイギスの帰らないは前身じゃない。…ま、順平に意見されるなんて腹立つけど、そうだよね。私は私のペースでやっていくつもり」
相変わらず当たりが強いが、このツンツンな態度は彼女の個性なのだ。慣れっこだったし、彼女がもとどおりに笑っているのを目にして俺はすげー安心した。ちょっと違うのは、俺が言うのもなんだが、顔つきっていうのが変わっていた。男の俺まで頼っちまいたくなる顔だ。
アイギスだって、俺らんところに来たばっかりとは全然違う。別人だ。いまのアイギスを見てロボットだなんて思うやつなんて、ひとりだっていやしないだろう。去年のスットンキョーすぎるアイギスを見てさえ、誰もロボットだなんて疑いやしなかったのだ。いまじゃアイギスは完璧な人間だ。大事な大事な、心ってもんを、いっちょまえに持っている。
「クラス変え、どーなってんだろーなー」
「また順平と一緒だったらどうしよ。てか、アイギスもし一人になったらどうすんの?」
「あー、まぁ、そうね。いや、でもさすがにそこらへんは桐条グループも手を加えてくれてんじゃねェの?」
作品名:Brand New Days 作家名:こよる