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空跳ぶカエル
空跳ぶカエル
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わたしは明日、明日のあなたとデートする

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 翔平が踵を返して部屋を出ていこうとしたので、高寿はちょっと、と呼び止めた。
「別のクリップのことでちょっと聞きたいことがあるんだが」
「あ、あの電車が出てくるやつですか?」
「そうだ。よくわかったな」
 翔平は軽く頭を下げた。
「すみません。あのクリップは、今回の社長の指示したコンセプトとは少しズレていることはわかってたのですが、前から映像化してみたかったシーンだったので、作ってしまいました」
「いや、それはいいんだ。コンセプトにマッチしているかどうかは最終的には俺が決めることだから。作る側がズレていると思っても俺のイメージにはぴったりくるかもしれないからな。だから俺が出したコンセプトから外れている、と思うようなクリップも、どんどん出して欲しいんだ」
 今の言葉が翔平に届いたか、高寿は翔平の表情を確かめてから本題に入った。
「聞きたいのは、あれは幽霊なのか?ということなんだが」
 高寿が疑問を口にすると、翔平はまた苦笑いを浮かべた。
「そうですね。あれでは単なる人身事故にも見えてしまいますね。映像の区切りとインパクトを重視してあの場面でブラックアウトして終わりにしたのですが、本当はその後の話があるんです」
「そうだろうな。それで?」
 高寿が聞き返すと翔平は熱心な面持ちで話し始めた。
「あの映像だと、どう見ても轢いてしまったと思うじゃないですか。ところが、現場には轢死体はもちろん、血痕ひとつ見つからなかったんです。明るくなってから徹底的な捜索が行われましたが、それでも何も見つかりませんでした」
「ちょっと待て」
 高寿は思わず口を挟んだ。
「これって実話なのか?」
 すると翔平は頷いて続けた。
「そうです。僕の祖父がJRで電車の運転手をしていたのですが、祖父の同僚が体験した事件だそうです。祖父が詳しく話を聞いていて、僕に教えてくれました」
「いつ頃の話なんだ?」
「京都から琵琶湖の西側を通って北陸本線に合流する湖西線という路線があります。この湖西線が開通した直後の一九七四年九月十四日のことだそうです」
「そんな詳しい日付までわかっているのか」
「当時の新聞にも載りましたから。僕もその記事を読んで確認しました」
「なるほど。それで?」
「事故があった場所は叡山駅から唐崎駅のちょうど中間地点の上り線路です。あ、今の比叡山坂本駅は当時、叡山駅という駅名でした。それから事故があった時刻は午後十一時四十分頃。そして事故の様子は、ほぼあのクリップのとおりです。というより、聞いた話の内容を忠実に映像化したつもりです」
「ところが死体はなかった、ということか」
「そうです。祖父の同僚は当然、轢いてしまったと思ったので、電車を停止して会社と警察に連絡して現場に急行したのですが、死体はおろか血の一滴すら見つからなかったそうです。夜が明けてからかなり大規模な捜索が行われたそうですが、それでも何も見つからなかったと聞いています」
「轢かれる直前で上手く逃げることができたんじゃないのか?」
 すると翔平は、その推理は予想していた、というように皮肉な笑みを浮かべた。
「社長、事故があった現場は高架なんですよ。しかも線路の両側は防音壁があるので、逃げ場なんてどこにもないんですよ」
 それは確かに不可解な事件だ。
「で、結局謎のまま、最後は運転手が線路上に出てきたタヌキか何かを人と見間違えたんだろう、ということになってしまったそうです。祖父の同僚は人とタヌキを見間違えるもんか、ってずっと言ってたらしいですがね」
 高寿はもっと気になっていたことを聞いた。
「ところで、あの女性が着ていた服と顔のことだが・・」
 すると翔平は顔を横に振って恥ずかしそうに言った。
「服は運転手が紺色と証言してました。それで私の中では紺色の服を着たこの世のものならざる女性は、みんなあのイメージになってしまって。それでああいう顔に描いてしまったんです」
 なるほど。それでも高寿には、愛美に似た女性を電車で轢いてしまう映像を、平静を保って観ることは難しかった。
 高寿が複雑な顔をしている理由に、翔平が思い当たったようだ。
「気を悪くされましたか?あの女性は社長の昔の恋人に」
「いや、いいんだ」
 高寿は翔平を遮った。
「あれは君の女神だろう?君の女神を、君がどう使おうが、それは君の自由だ」
 少し意地悪く付け加える。
「例え電車で轢き殺そうがね」
 翔平が抗議の声を上げようとするのを制して続けた。
「君はクリエイターだからな。自分で納得できるのであれば、どういう形で使っても何の問題もない。まして俺に引け目を感じる必要はまったくない」
 椅子にもたれて身体を伸ばした。
「たまたま偶然、翔平の前に現れた女神と俺の若い頃の恋人が似てた、っていうだけのことなんだから」
 偶然なんだろうか、やっぱり。
「とにかく」
 高寿は椅子に座り直して翔平に言った。
「あの映像の迫力はたいしたものだ。今度の映画に使うかどうかはともかく、いずれ必ず使う。だから時間があるときで良いから、ちゃんと使えるクオリティにしておけ」
 翔平はしれっとして言った。
「本編にも使えますよ?主人公が電車の運転手になったことにすれば」
 それもありかもしれないが、
「俺は主人公を養豚農家にしようと思ってるんだがな」
 翔平が口を開けたまま絶句している。目はまん丸だ。
 もちろん冗談なのだが。
 今の自分はきっとドヤ顔をしていることだろう、と高寿は思った。

 部屋で一人になった高寿は考える。
 愛美とは、ほんとうにもう二度と会えないのだろうか?翔平に現れた「女神」のように、姿だけでも見せてくれないものだろうか。
 いやいや、と高寿は首を振った。
 姿だけなんて、なおさら切ないかもしれないな。

 高寿はしばらく物思いに沈んでいた。様々な記憶や思いが通り過ぎていった。それらの思いはやがてひとつに収束し、高寿はその言葉を口の中で転がしてみた。
 よし、と高寿は呟いて部屋を出た。打ち合わせ用のセンターテーブルに谷口と船木を呼んで告げた。
「今度の作品のキャッチコピーを決めた。制作発表で出してくれ」