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空跳ぶカエル
空跳ぶカエル
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わたしは明日、明日のあなたとデートする

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「それがどうだ。あの映画を観たら、俺にとってはそれですべて辻褄が合ってしまった。だから、まあ時間が逆行する他の世界なんてことが本当にあるとは俺には信じられない話だけど、まあとにかくそういうようなことがあった、と理解した」
 上山は酒を高寿の猪口に注ぎながら言った。
「そういう理解で良いよな?」
 高寿は猪口の酒を飲み干して頷いた。
「まあ、それでいいさ。まったくお前にはかなわないな」

「ええっ?上山お前、前の店を全部売ってしまったのか?」
 高寿が驚いて叫んだ。
「そうだよ。前の三つの店は、みんなその店の店長に格安で売ってやった」
「ということは?」
「そ。この店が今の俺が持っているたったひとつの店、というわけ」
 こんな小さな店だけ?
「なんでそんな無茶なことを」
「人間、新しい生活を楽しみたければ、身軽になるに限るぞ。お前もそろそろ考えたらどうだ」

「あー、あの新作のダサいキャッチコピーだけどな」
「何度もダサいって言うな。第一、ダサいなんて言葉、とっくに死語になってるぞ」
「言葉なんて話してる者同士で通じりゃ良いんだよ。それであのコピー、ダサいのはまあ良いとしても、あの下手クソな声優は何とかならなかったのか」
 高寿は黙って上山を睨みつけた。
「なんだ、おい。睨むなよ」
「あの声は、僕だ」
「はあ?なんでそんなバカなことをしたんだ?プロの声優を使えよ」
「バカとはなんだバカとは。物語上、あのセリフを言うのは壮年期になった主人公なんだ。それにアニメの声優に素人のアニメ監督が起用された例は、過去にもある」
「だからって何もそんなことをしなくても」
「だから、これでいいんだ」
「何の説明にもなってないぞ」

「あー、そうだ。あの例のタイトルが長い映画だけどな」
 上山が切り出した。いい加減タイトルをきちんと言ってくれ。
「まだ何か言いたいこと、あるのか?」
「おう。お前があれからずーっと三十年近くも、愛美ちゃんに未練たらたらだった、ということが、あの映画を観ていてわかった」
「お前な、僕はちゃんと結婚だってして子供もできて、新しい生活をしてたんだぞ」
 上山はさすがに酔いが回っているようで、高寿を見る目がもう据わっている。
「前の女に未練たらたらのままで結婚するから、結局うまくいかねーんだよ」
 酔ってるとはいえ、さすがに高寿はむっとした。
「おい、ちょっと言い過ぎだろ」
 上山はしばらく高寿の怒りを含んだ視線を正面から受け止めていたが、
「あー、すまん。ちょっと飲み過ぎたかも。少し醒ますわ」
 そう言ってビール用のジョッキに氷水を入れて、高寿にもひとつ渡した。
「お前も飲むだろ?」
 高寿も、もう怒りは消えている。
「ああ、サンキュ」
 高寿も飲み過ぎているのを感じていたので、ここらで水に切り替えることにした。
「えっと、そんなことが言いたかったんじゃなくてな。お前、あの映画で愛美ちゃんへの未練に、ケリをつけようとしてたろ」
「そうだな。よくわかったな」
「お前たちを知っている俺にはわかりやすい映画だったぞ。それで、上手くケリをつけられたのか?」
 高寿は少し考え込む。
「どうかなあ。いろいろと気持ちの整理はついたけどな。でもちょうどあの頃俺、離婚したろ。あれで整理しなくちゃならないことがたくさんできちゃったからなあ」
「そうか。それで結局、あの新作のキャッチコピーなのか」
 高寿は固まってしまった。
「上山、ちょっと違う話をしないか?」
「あははは、図星かー。まあいいぞ。違う話をするか」

「そうそう幽霊なんだけどな。幽霊だったら俺も飛びきりのネタを持ってるぞ」
 上山はちゃんと話題を変えてくれた。まあ酔っぱらいの会話って脈絡なくあちこちに飛ぶものだけど。
「なんだよ。言ってみろよ」
 ふっふっふ、と上山は不敵な笑みを浮かべながら語り出した。
「そのネタはな、なんとこの店が舞台なんだ」
 思わず周りを見回す高寿をからかうように笑って続ける。
「俺、この店を五年前に買ったって言ったろ?その前のオーナーって、ずっと夫婦でこの店をやってきたんだけど、じいちゃんの方が亡くなっちゃって、ばあちゃんももう八十超えていたし、一人でやれるわけもないからって俺が買ったんだよ」
「それでな、この話はその時にばあちゃんから聞いた話なんだけどな」
「ずーっと昔々、ばあちゃんとじいちゃんがまだ若かった頃、ある静かな夜に一人の女が静かに店に入ってきたそうだ」
「やけに静かなんだな」
 高寿は我慢しきれず突っこんで話の腰を折ってしまった。
「うるさいな。ばあちゃんがそう言ったんだよ。黙って聞け」
「それでだ。その女はとにかく何か話しかけてもまともな答えが返ってこなくて、ばあちゃんも不気味に思っていたんだと。そしたら」
 上山がテーブルの上に身を乗り出して小声になった。
「その女がつーっと涙をこぼしたかと思うと、ふわふわと消えていったそうだ」
「上山、顔を近づけるなよ。暑苦しいぞ」
 上山もこの話があまり怖くない、ということに気づいたのだろう。座り直した。
「でも、その女。消える直前にすごく切羽詰まったような顔をして立ち上がったそうだぞ。俺の話は怖くないかもしれんが、ばあちゃんはすげぇ怖かったそうだ。女が立ち上がったときは後ろにひっくり返ったそうだからな」
 高寿は思わず突っ込んだ。
「上山、怪談に『切羽詰まった』はないだろうよ。『思いつめたような』とか『鬼気迫る』とか、他に言いようがあるだろう。『切羽詰まった』ではちっとも怖くないぞ」
 まあ、確かに話術が上手い人が話せば、それなりに怖い話になりそうだ。
「切羽詰まった、かあ。何を考えてたんだろうね。やっぱり消えたくない!とかかな。この世に思い残すことがあったのかなあ」
 高寿がしんみりして言うと、また上山が身を乗り出してきた。
「南山、あるんだよ。その幽霊がこの世に残したものが。女が消えた後、テーブルの上に残されていたそうだ」
 今の上山の顔はちょっと怖かったぞ、と高寿は思う。
「俺はその幽霊が残したものを、ばあちゃんから受け継いだんだよ」
「え?お前、それを今持っているのか?」
 高寿が驚いて聞くと、やっと高寿を驚かすことができて嬉しくて仕方ない、と言いたげな笑みを浮かべた。
「そうなんだ、じいちゃんとばあちゃんは、その幽霊の忘れ物を、どうか祟らないでおくれ、という思いで神棚に供えて、御祓いまでしてもらったそうだ。俺はこの店を買ったとき、店内を全面的にリニューアルしたんだが、その神棚だけはまったく触ってないんだ」
「あの神棚がそうだ」
 上山が指差すその先に、壁の天井近くに据え付けられている神棚が見えた。
 上山は小さな脚立に乗って神棚から何かを取り出して戻ってきた。それは茶色の封筒に入っていた。
「な、何を持ってくるんだ、上山!」
 高寿は思わず椅子を後ろにずらしてしまった。
「いや、お前と一緒に見てみようと思って」
「なんで僕が」
「俺一人だったら怖いじゃねーか。お前が来たし、ちょうど良いな、と思って」
「祟られたらどうするんだよ」
「何かわからないものが俺の店にある方が気持ちが悪い」
 上山は封筒を高寿の前に差し出した。
「さあ、開けてくれ」