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グッバイ・マイヒーロー

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この空間には古泉と俺しかいない。タクシー特有のじりじりと胸を悪くするあの空気を吸いながら、言葉にすればなんとおろかに、恥ずかしげもなくそんなことを俺は考えていた。実際本当にそんな風に思えたし、それはあの閉鎖空間で感じたときよりもよりも大きなものだった。さっきから一言も発さないこのインチキタクシーの運転手は古泉のとんちきな会話になんか無関心で、それどころか気配すら消していて、ああこれがこいつの言う機関の人間なのだなとぼんやり思う。あちこちに存在する普通の人間に見せかけていつの間にか彼らは回りこむ。俺は知らぬ間に取り囲まれ、今現在こうやって彼らの思うままに動いていた。
 そんな脅威がいままで平凡だった俺の回りにそんな人間が存在していたことに驚く。それも黒いスーツに身を固めサングラスをかけて二人組みでやってくるんじゃなく、こんなありふれたタクシーに高校生と運転手としていることに。



 古泉の話はすらすらとまるで今日を予期して準備して何度も頭の中で繰り返したように正確だ。なんでそんなにコーランの暗誦みたいに、突拍子もない話を真面目に語れるのだろう。到底信じられる話ではないのに、古泉はさもそれは明白な事実であると、いつもの笑顔を浮かべている。喜怒哀楽の激しいハルヒに比べ、それはとても嘘くさかった。長門の心からの無表情とは違い、ありありと違和感を感じさせる。それは彼が元は人間らしい表情をし、そして今も俺のいないところではそれを見せているからだろう。友人にも打ち明けない感情があることがきっとその原因だ。講釈を話半分に聞き流し、古泉を観察する。いつもより疲れて見えた。閉鎖空間から帰ると、彼はこんな表情を滲ませるのだろうか。ほんの少しの齟齬を何度も反芻する。そこから何か見えやしないかと幾度も。
 ハルヒの苛立ちがこいつを苦しめ、こんな顔をさせている。ならなんで自分からこんな所にいなきゃならないのか。逃げたって誰が古泉を責められるだろう。こいつはもっと自分を守ってもいいじゃないか。俺は形のない義憤にかられた。そんなもの望みもしないしきっと軽蔑されるだろうと分かっていたのに。
 窓の外の灰色の壁が何度も流れてゆく。長距離トラック、家族連れの車、知らないバス会社のシャトルは近くの空港にでも行くのだろうか。少しでもその気になればどうやってでも、この言いようのない閉塞感からは逃げられるように思えた。もしも本気で今が嫌なら、逃げてしまえと無責任に思った。そんなこと人は出来るはずがないというのに、俺は自分がその役割を与えられなかったからそんなふうに古泉を追い詰める。
 だって世界が自分がもしも勝手を起こせば消えてしまうかもしれないとふいに知り、それを言い含められて来たのだ。いくつ諦めただろう、この三年をこいつはどう生きていたのだろう? 欲しいものを与えられない悲しさはいかほどなのか。それは自分の努力でどうにかなるものではなく、それどころか守ってくれていたはずの大人がうばっていくのだ。
 中学に入った頃俺は何をしていた? 何も考えてなかったんじゃないか? 思春期の子供の多くががそうするのに習い世界に失望して、そして諦めて、突きつけられた他との優劣に愕然とした。ハルヒは小学六年の時に自分の矮小さに気付いたというが俺はそれにすら気付かなかった。人混みの中のたった一人が自分であることも最近まで知らなかった。その上俺は絶望もせず、ハルヒのように純粋に考えもしなかった。ただいつの間にか全てを受け入れた。受け入れたふりをした。だって俺は普通だったのだ。ハルヒのように良く働く頭もなく、古泉のように自分の特異に気づかされることもなく、今妹がそうであるように遊びまわっていた(人間原理にハルヒが神であるということ、ハルヒに望まれただけで存在しているということ、一人の少女の気まぐれによって存在をながらえされていること)。世界が終わることの恐怖、恐ろしさ。
 物理法則が破棄されることを恐れるのはきっと彼の周りのせいだ。ちょっとした正義感をきっとあやつったのだ、あいつの周りの大人は。古泉はハルヒの理性を無理矢理反映させられた。あいつも神人のように暴れたっていいじゃないか。あんな赤い玉にならなくったっていいじゃないか。あいつはまだ十五六なんだぞ、まだモラトリアムの中にいて少年法に守られて皆に守られて、なのに世界に不満をもっていきなきゃならないのに。いっそ世界なんて崩壊したらいいじゃないか。
作品名:グッバイ・マイヒーロー 作家名:時緒