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春を知らせる風

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ザァ――――――――


のどかな田舎にある一軒の寺子屋。

少しだけ花が咲いた桜の木が沢山あるその場所に、暖かく、少し強い風が吹いた。



その寺子屋の縁側で師と門下生が話をしている。





「そうですか…。春風……。良い名前ですね」



「そうかなぁ?俺は晋助の方が気に入ってるんだけどな…」



「晋助も良い名ですが、私は春風も良いと思いますよ。」





そんな会話をしていると、隣の部屋の縁側の近くで寝ていたもう一人の門下生、銀時が目を覚ました。



「ん……なんだ…?
この声…松陽先生と…高杉…?」




隣の部屋に銀時が居るとは知らずに二人は話を続ける。





「先生はどうしてそう思うの?」



「そうですね…たった今吹いた春風のように暖かく、柔らかで、優しく、でも冬とは違う新しい香りを力強く運んでくる春風はきっと、将来の晋助、お前そのものだと思います」



「ふーん…そっか…。そう言ってもらえると、本当の名前も好きになれる気がする!」



「そうですか。それはよかったです。晋助、本当の名は大切にしなさい。いつか大切な人が出来たとき、その人に本当の名を教えてもいいと思ったら、教えてあげなさい。本当の名で呼ばれる事ほど、嬉しい事はありませんよ」



「そうなんだ……わかったよ先生!ありがとう!あ、俺今先生に本当の名前教えたけど、先生の事大好きだから教えたんだよ!」



「フフフ…それはありがとうございます」









そんな二人のやりとりを聞いていた銀時は心の中で呟いた。


(高杉って本当の名前は春風って言うのか…。ふーん……)






銀時が意中の相手の本当の名を知ったある春の日の出来事だった―――――――――
















十数年後、大人になった銀時は神楽と定春を連れて花見に来ていた。


そして、その場所で一番大きな桜の木、幹が凄く太く、大人が2人並んでもまだ余るくらい太い立派な桜の木。
その木の下に座っていた。







「……んちゃーん」



「おき……ヨ、……ちゃーん!!」



「起きてヨ!」



「ん……何だ…」



「せっかくお花見に来てるんだから寝るなヨ!!」



「花見……。あぁ、そうか。花見に来てたんだったな。わりぃわりぃ…。……ん?」



何か違和感を感じた銀時はさり気なく木刀に手をかけた。



「こんなに可愛い女の子を放って寝てるなんてありえないネ!誘拐でもされたらどうするつもりアルか!」




(気のせい…か?いや…この感じ……。殺意は無い…か。でも何でこんな所に…)



そんな事を思いながら木刀から手を離した。





「おい無視かよ!定春、噛みつくヨロシ」



「ワン!(ガブッ」



「うわっ!!!馬鹿定春やめろ!!」



「よし、もういいヨ定春。よーしよし、良い子アルネー」



「ったく……」



「それより銀ちゃん、寝言言ってたアルヨ」



「んあ?寝言?」



「うん。"春風"って言ってたアル」



「…っ」




その時、銀時の反対側にある気配が少し動いたように感じた。


だが神楽は気がついていないようだった。





「銀ちゃん春が好きアルか?そう言えば毎年春になる前ぐらいから春風、春風って言ってるアル。」



「ん…そうだったか?」



「そうネ。春風が吹くといつもと違う顔になるヨ!」



「んー。春風は好きだぜ。俺はガキの頃から春風が好きなんだ。」



銀時は何かを懐かしんでいるような表情で言った



「春風ってのはな、新しい季節を運んでくるんだ。新しい匂い。暖かくて柔らかそうだが、一本の芯が通ったような強い風も吹く」



定春と神楽は大人しく聴き入っている。



「俺はそんな春風が大好きなんだ。抱きしめちまいたいくらいにな」



「風なのに抱きしめたいアルか?そんなの無理ネ!」



「あぁそうだなぁ…。いくら掴もうとしても掴めない……。本当は冷たくないんだよ。温かい奴なんだ。…風みたいにどこまでも勝手に行っちまう奴だよ」



「奴?風なんだから当たり前ネ!」



「ん…あぁそうだったな。まぁあれだ、俺は今も昔も、春風ってのが好きなんだよ」



「好きなのに…何でそんなに苦しそうな顔するアルか?」




そんな表情を見破られてしまった銀時は無理に笑顔を作り



「苦しくなんかねぇよ」




笑ってみせた




"なら良いアル"と言った直後に春風が吹き、桜の花びらをまといながら草木を揺らしていく。





「気持ちいい風アルな」



「ワン!」



「ほら、定春が遊びたいとよ。もう寝ないから行ってこい」



「わかったネ!定春、行くヨ!」


2人は少し離れたところまで走っていき、遊び始めた。










一人になった銀時は誰かに語りかけるように言い始めた。



「なぁ。お前は何故掴めない?何故触れることができない?何故いつも勝手に突っ走る?こんなに温かいのに…こんなに好きなのに。何故伝わらない?」



「……」



「なぁ。春風さんよ」



「……」



「お前を…捕まえてもいいか?今ならできる気がするんだ」



「……」





ザァ―――――――――――



今までにないくらい強い春風が吹いた。

桜の木々の花びらを何枚も何枚も舞上げ、目を閉じなければならないほどに激しく。



―――そう、先ほどから銀時とは反対側に座っていた人物も、その風に堪えきれず目を閉じてしまった




風が止み、舞い上がった桜の花びら達がひらひらと舞い降りていた






そして銀時は言う


「やっと……掴まえた」




作品名:春を知らせる風 作家名:棗-なつめ-