春を知らせる風
舞い上がった花びらが地に戻ってくる中、高杉は銀時の言葉に驚きすぎて直ぐには反応が出来なかった。
「―――銀時お前…何で…俺の本当の名を…」
「んー…。餓鬼の頃、お前と先生が話してるのを聞いちまった事があってな」
"言っておくが、たまたまだぞ"と付け加えながら銀時は言う。
「それからは何気なく"春風"って言ってたんだけどな。まぁお前は俺の事を"ただの春好き"とぐらいにしか思ってなかったんだろうけど」
その言葉を聞いた高杉は改めて子供の頃の事を思い出していた。
確かに高杉が先生と名前の話をした日を境に銀時はやたらと"春風"と言っていた。
特に春になると"春風は心地いい"だの"春風は暖かくて好き"だの"もっと春風を感じたい"と言っていたのだ。
「まさかあれは…カモフラージュのつもりだったのか?」
「え…うんまあ…餓鬼の頃は流石に告白なんか出来なかったし…。でも言いたくて。だからバレない程度に…な」
そんな言葉を聞いてか、高杉の頬が先程よりずっと赤くなっていた。
「まぁ高杉、お前にとって俺は、お前に告白した今でも俺が敵って事に変わりねぇんだろうよ。…―――どうする?俺を…斬るか?」
「俺は…、俺がお前を好きか…なんて正直分からねぇ…」
予想通りの答えだったのか、悲しそうに笑いながら"なら今俺を…"と言った銀時の言葉を高杉が遮る。
きっと高杉は"なら今俺を…"の後に続く言葉が"斬れ"だと分かっていたのだろう。
少し声を大きくして銀時の言葉を遮った
「だがな!!!…だが…。餓鬼の頃からお前が"春風"と言うたびに、ココが苦しくなるんだ」
"ココが"と言いながら胸の辺りの着物を強く握る
「他の奴らが"春風"と言おうが何も感じねぇ。だが銀時が言うと…昔も今もココが苦しくなる。―――…気恥ずかしくなるんだ」
昔からあるこの感情が何なのか分からない…。
彼らしくないかもしれないが、高杉は困惑していた
「違う道を歩んでいる今、俺たちは敵だ。なのに…。銀時がこの桜の後ろに居る事は分かっていたのに、殺意が芽生えなかった。ただお前の近くに居たいと思った。近くに居ればまた…昔みてぇに"春風"って言ってくれる気がした…。その言葉を聞きたいと思っちまった…」
困惑していた顔は、いつからか確信に変わっていった。
だが銀時には高杉本人が自分の感情を認めたくないように見える
「お前が後ろに座ったのは分かってたよ。殺意がないのも分かってた。久しぶりに高杉を感じたからかな。昔みてぇに名前を言うだけじゃ満足できなくてな…―――。とうとう捕まえちまったんだよ。春風を―――――」
間近で名前を呼ばれた高杉は肩をビクンと震わせ
何ともいえない感情のためか、八つ当たりのように抗議しようとして口を開こうとしたが…
「…っ」
その言葉は発される事無く、銀時によって塞がれてしまっていた。
…触れるだけのキス。
高杉に拒まれるのが怖かったのだろう
その証拠に銀時の唇は微かに震えていた。
唇を離し、前髪が触れるか触れないかの距離まで顔を離して互いに見つめ合う。
だが先に沈黙を破ったのは銀時だった。
「悪い…。その…」
「……んで…くれ」
「え?」
「もう一度…、俺の名を呼んで…くれ…」
まるで自分の感情を最後にもう一度確認したいかのような頼み。
銀時は少し驚いたが柔らかく微笑み、そして優しく言ノ葉を紡ぐ
「―――…春風」
「っ!!」
たった今、この瞬間。
高杉は自分の感情を認めたのだった。
「銀…時…」
何故なら高杉は右目から涙を流していたからだ
もうこの気持ちを誤魔化す事はできなかった。
「好きだ……銀時…」
「っ!?――…高……いや、春風」
高杉の頬を伝う涙を拭いながら
「泣くな、春風」
もう一度キスをした。
今度は触れるだけじゃなく、お互いの存在を確かめるような、お互いの感情を確かめるような―――。
幾度も幾度も重ねられる唇。
その途切れ途切れに漏れる吐息が今まで会えなかった時間、すれ違っていた時間を埋めるかのように聞こえた。
満足するまで唇を重ねた2人は隣同士で桜の木に寄っかかっていた。
……しっかりと手を握りあって
(先生の言ってた通りだったな…)
高杉は心の中で呟いた
先生の事を思い出していたためか、顔が穏やかだ。
「ん?どうしたよ、春風」
「あぁ…。やっぱり先生はすげぇなって思ってたんだ」
「先生…?」
「あぁ。あの時の話聞いてたなら覚えてるだろ?"本当の名前で呼ばれるほど嬉しい事はない"って」
「あぁ」
「本当にそうだなって思ったんだよ。―――――…俺今、すげぇ嬉しいから」
「っ!!!…あぁもう…何でお前はそう可愛いの!!!もう一回ちゅーするぞ!」
「なっ…ちょっまっ!!」
「待たねー」
そしてまた2人は唇を重ねる。
辺りには心地良い春風が吹いていた。
「銀時、」
「ん?」
「…好きだ」
「――…あぁ。俺も好きだよ。俺の…春風。絶対離さないからな」
すれ違っていた幼なじみの二人が、やっと通じ合ったある日の春の出来事だった――――――。
END