Angel Beats! ~君と~ 日向編
「おお! 岩沢さんそうだよそれだよ! ありがと! 音無くんどうやったらおっきくなれる?」
「え俺か? ……あー、よく寝てよく食べて運動すれば?」
「それはもう聞き飽きた! 誰かからもなんべんも聞いたよ。もっと具体的に教えて!」
「良いけど、引くなよ?」
「あたしも聞きたいです。あ、これあとで開けますから」
「うんいいよー」
ごほん、と音無が咳をつく。
「一般的に、全体的に大きくなるには牛乳が良いとされている。みんなが知っている通り骨の元であるカルシウムが入っているからだ。しかし何故大きくなれるのか、考えたことはあるか、小枝、ユイ」
「ううん。私はそう教えられた」
「無いですね」
「大抵はこう答えるだろうな。そこから発展して牛乳を飲めば胸が大きくなる、と広まっていった」
「ふーん。私毎日飲んでるけど大きくなんない」
「良いか、よく考えろ。金属の一種であるカルシウムが胸に行くと思うか?」
「何……!?」
ああ、なるほど。カルシウムって金属だったな。そりゃあ無理だな。脂肪を増やせるっぽいけど腹回りだもんな。
「牛乳は飲んでも骨に吸収されるんだ。固くなるだけで終わってしまう。または背が大きくなるだけで終わる」
「じゃあ私って……」
「ただ骨を強くして終わってるだけだな」
「そんなー……」
「もっとも、胸を大きくするには女性ホルモンが必要不可欠である。だから身近に摂取できる食べ物を食べれば良い」
「それは何!?」
「大豆だ」
「豆?」
「そうだ。大豆を使ったものが特に摂りやすいだろうな」
「よし、早速豆腐を今日から食べるぞ!」
「ただし、女性ホルモンは発癌物質と凄い似ている」
「はつがん?」
「癌が発生すると書いて発癌だ」
「がんって末期とかの?」
「そうだ」
「なん、だと……」
「だから、普通に生活を送る方が安全性が高くて過剰摂取しないのが身のためだ。摂りすぎても駄目だからな」
「……」
「……」
何か途中から音無の何とか講座になってるし!!
俺視点いらんだろ!
「細かいことは先生に聴いてくれ」
「う、うん。ありがとう音無くん……」
「地道に頑張って大きくしていこうか小枝さん…」
「そうだね…」
二人はひさ子を見るなり溜め息をついた。
コメカミをやろうとするも入江に阻まれ、なだめられた。
世の中近道は存在するけどそれなりのリスクがあるんだな。二人とも頑張れとしか言いようがないな。
「おいおい、ゆづゆづどうしてくれるのこの空気! プレゼント開けてくれる雰囲気じゃ無くなったじゃまいか!」
「え、す、すまん……」
大丈夫だ。音無のせいじゃない。
「さて、気を摂り直してユイにゃんにゃん開けてくれ!」
「そうですね、開けちゃいましょうか」
ユイは蝶々結びをほどき、紙が破けないように包みを取っていく。性格が現れていると思った。俺なんかビリビリに剥がすのに比べとても丁寧な手付きだった。
「どうだユイ、重いか?」
「うーん、そうでもないですね」
ユイの基準は分からないが、重くはないことは確か。
何かの饅頭か何かだろうな。東京バナナとか。
いや東京バナナはないな。チャーのとこ田舎らしいし。今度はユイとで行ってみたいな。
………新婚旅行、みたいだな。
ははは、気が早すぎるぜ俺。
でも、遅かれ早かれするんだろうな、俺ら。
ってなんでもう決まってんだ!! 変な考えを捨てるべく頭を振る。俺の行動の方が断然変なんだろうけだ。
「中身はなんだろな、ホイっ!」
箱を開けると中から、
『バハハハハハハハハハハハハハハ!!!』
「きゃあああああ!?」
どうやらびっくり箱のようだ。
忘れてた。関根はいたずら好きだった。
しょっちゅういたずらやっては怒られ、懲りないやつだ。
ユイ驚いちまって……車イスからたちあがってやんの。
……あ? 立ち上がって?
「うわあ、びっくりした……え」
「ゆ、い…にゃん……」
ユイが立った…。
立ち上がった。
俺たちは両手に箱を持ったユイを見ることしか出来なかった。
ユイは目を丸くして箱と俺を交互に見ていた。
ユイの病室の窓から、変装を解いてコーヒーを持ちながら見ている病院の医院長とユイの母親が一から全てを見ていた。ユイの母親は口元を押さえ信じられないといった表情をしている。腕しか動かせなかった我が娘が、人の手を借りないといけない我が娘が、地面に足を着けて立っているから。
「先生…」
「…」
「有り難うございます…」
「私は何もしておりませんよ」
ユイちゃんはもう立てる。でも立てない
どうしてですか先生
お母さん。ユイちゃんは何かを抱えている。それを下ろしてくれたらきっと―――
我が子が夢のまた夢を叶えた、嬉しかった、母親である彼女は目から涙が零れて顎に伝う。
嬉しいもあり、悲しいこともある。
娘が親を心配してくれていたこと。
娘の為なら何だって出来る。しかしそれは自分自身に負担があった。それを隠し、ユイと出来るだけ時間を作って合間に面会をしていたが、見抜かれていた。
「お礼ならユイちゃんの友達に…、私は治療だけしかしてないですからね」
「…っ…は、い」
「…」
『ユイ、ってめ、なんで立ってるんだよ!』
『知りませんよ!! うわっとと』
前のめりに倒れこみそうなユイを丁度前に居た日向に抱き止められる。細いのに柔らかい、何か良い匂いが日向の鼻腔をくすぐる。
日向は胸が急に熱くなるのを感じた。心臓が早く打つ。
ユイがお礼を言うが反応が無い。心配して日向に上目で見る。
『……』
日向は無性にユイを強く抱き締めた。初めて心の守備に入りたいと思った。
『ええええ、え、嘘、あああ、あたしゆいにゃん立てらしちゃったよ~!? こんなんで良いの!? もっと、こ~…感動的にさドラマチックにさハイジ的にさクララ的な!』
夕日でぎゃいぎゃい騒いで、他の病室に迷惑が掛かりかねないが気にするほどでもない。
「あの子……あんなに笑ったのは…いつぶりでしょうか……」
目の前が霞み、何もかもぼやけて分からない。だがにじんでいても、分かる。
ユイとその友達の笑い声。
彼女にとっての、何も代えられない一番大切な宝物がそこにある。
「さっき日向くんが結婚しようとか何とか。お母さん」
「……ふふ、まだまだお嫁に行くのは早いですよ…」
日向はこの二人に見られていたとは知らなかった。
『いつまでもそうやってんじゃないわよ! アホ!!』
ゆりが日向の脳天にチョップを構す。
脳内お花畑だった頭が衝撃で元に戻り、抱き止めていた左手を離し痛い所をさする。
『ってーな、なにしやがんだ!』
『いつまでもそうやってそうだからよ』
『幸せそうな顔してたぞ日向』
『う、うるさいぞい音無!』
『否定しないんだ日向くん、良かったねユイにゃん念願のお嫁さんになれるよ?』
『あ、ありがとうございます、気が早いですよー入江さん』
『しょうがないわね、ハネムーンと言う名のチャーの家へまた明日行くわよ!』
作品名:Angel Beats! ~君と~ 日向編 作家名:幻影