Metronom
Metronom
「しまった」と思った瞬間、時既に遅く―――。
ただでさえ、感情の読み取りにくいシャカの表情が硬化し、みるみるうちに周囲に怒りが張り詰めていくのを感じた。
もし、この場が二人だけなら、たぶんムウは己が間違ってはいないと確信していたとしても、すぐさま掌を返したようにシャカに詫びたことだろう。だが今はそんな二人きりの和やかな場ではなく、シオン教皇を頭に十二宮の黄金聖闘士たちが雁首揃えた会議の場であった。拳ではなく、白熱した討論が火花散る場所である。
いつもなら雄弁を誇る人物は大概決まっていたのだが、今日は若干違う様相を呈していた。主要テーマがテーマだけにそれは当然のことかもしれないとは思っていたが。
聖域の古き慣わしを改めること、いや根っこからの変革といってもいい。今までの十二宮のあり方を覆すようなことについての話し合い。だからこそ銘銘思うところがあったのだろう。いつも以上に言葉の応戦に火がついていた。そんな中ぶつかりあってしまったのだ、シャカと。
今、なぜ私たちにそんな大それたことを問うのかと少々、ムウはこのテーマを投げかけたシオン教皇と恐らく同じ考えでもってこの場にいる老師――童虎が恨めしいとさえ思った。
明眸を険しくしたシャカはそのまま心さえ閉ざすように固く口を閉じてしまった。
勢いで叩き付けてしまった拳をムウは卓上から退かせ、浮いた腰を椅子へと落とすと落ち着きを取り戻すべく深呼吸した。それでもまだ興奮しているのだろう、小刻みに拳は震えていた。
「……ここまでにしようか。今日は触りないおまえたちの考えを発露してもらうことが我らの目的でもあったからな。それでいいだろう?童虎」
ひんやりとした空気が漂う中、シオンの声が澄み渡った。若干名を除いた視線がシオンに集まる。ほっと安堵にも似た空気へと変化していくのを感じた。
昼過ぎから行われていた話し合いだったが、今はどっぷりと日も暮れていた。皆、緊迫した時間を長い間束縛されて、疲れを感じてもいたのだろう。
「ああ、シオン。今日はこれで充分だろう。多少混乱している者もいるだろうし、各自考えを整理しておく必要もあるだろうて。次回までの課題としておく。来月同じ日、同じ時にまた集おうか」
「―――では、解散」
シオンが立ち上がったのを合図に一斉に起立し、一礼するとシオンは軽い頷きを返して童虎を伴って執務室へと向かっていった。これからまた二人で意見を交し合うのだろうか。年寄りは気が長い…とぼんやり頭の端で思いながら二人を見送り、ムウはざわめきの中へと視線を戻した。
「いやぁ……まったく突拍子もない構想だったな。頭から煙が出そうだったわ、おぬし知っておったのか?このこと」
隣の席に着いていたアルデバランに声をかけられ、視線をシャカに定めていたムウは「え?」と口先だけで返す。シャカもまたムウ同様、両隣にいたアイオリアとミロに何やら話しかけられ、時折頷いては一言二言返していた。何を話しているのか気が気ではなかったが、このざわめきの中ではここまで彼らの会話は届いてこない。
「俺らに意見求めるったって、とっくに形、決めてんじゃねぇのかぁ?ジジイ二人でよ?」
口さがないデスマスクが不満げにもらすのを聞き漏らすこともなく、なおかつムウの視線はやはりシャカに止めていた。アイオリアとミロ、そしてアフロディーテにシュラといったメンバーで共に出口扉へと向かい始めたシャカの姿になんともいえない苛立ちを感じ始めながらも、ついそんなデスマスクに意見した。
「そんなことはないと思いますよ。宮を守るのは実際私たちなんですから、その意見は貴重なもの。軽んじられることはないと思います。ただ、結論に至るまで時間はかかるでしょうね……」
シャカの姿がいよいよ扉の奥へと吸い込まれていくのを目で追っていたムウは小さく舌打ちをした。