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Metronom

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 こつこつと階段を降りていくムウの両腕の中ではいまだ目の覚めぬシャカがいた。
 ムウが仕出かした不始末だからと、シオンにシャカを処女宮まで送り、目覚めるまで傍にいろと命じられたのだ。命じられなくとも、自分はシャカが目覚めるまで傍にいるつもりだった。きちんと謝罪しなければと。ふと目の前の天蠍宮で人影が動いたのに気づき、ムウは目を細めるようにして見つめた。

「ミロ……」

 冷めた視線をぶつけてくるミロにムウは身を固くした。一歩一歩階段を降りるムウと同調するように一歩一歩階段を昇るミロ。じきに面と向かい合うこととなった。
 沈黙したままお互いを睨み合っていたが、それにも飽きたとばかりにミロはシャカに視線を移した。劇的とも言えるほど、苦しげに顔を歪めるミロの変化に痛みさえ胸の内にムウは感じた。心底シャカの身を案じているのだ、ミロは――そう思うと、強引にでも押し通るつもりだったムウの頑なな気持ちを揺らがせた。
 スッとムウは前に出ると、抱えていたシャカをミロへと押しやろうとした。だが、当のミロは怪訝に顔を顰めたのだった。

「なんのつもりだ?」
「なんのつもりって……あなたにシャカをお返しするべきでは?」

 苦肉の策、ということではない。ただ本心からそうすべきではないのかと己の良心が訴えていたから行動したまでだったのだが。

「何があったのか……何をしたのかわからないが。シャカをこんな目に合わせておいて、『はい、後はよろしく』とでもいうつもりか?都合よすぎるだろうが」
「そんなつもりでは……」
「だったら、最後まできちんと責任持てよ。恩を売るつもりか、貸しを作るつもりかは知らないが。そんなことをされても、俺は不愉快なだけだ」

 唾吐きかねないほど不快げに顔を歪め、睨みつけるミロにムウは困惑するばかりだ。

「ですが――シャカの身を案じているのでしょう?どうして、そんな風にうがった見方しか出来ないんですか?私とて容易い気持ちでこんなことをするつもりはありません!ましてや……ミロ、あなたに。でも、シャカに危害を及ぼすことを仕出かしたのは私。どれだけ大切に思っていたとしても、私が……私自身が招いた結果なのです。シャカをこのような目に合わせてしまったのなら、シャカを傷つけてしまうのなら、私は――」

 シャカを想う資格などないのかもしれない……その言葉は胸の内へと呑込んだ。

「中途半端だな、おまえ」
「え?」
「怖がり、か。おまえさ、俺とシャカの間が平々凡々、順風満帆としているとでも思っているのか?今までに俺はシャカを傷つけもしたし、傷つけられもした。泣かしたし、泣かされもした。いつかまた、こいつはいなくなってしまうんじゃないか……怯えたりもした。愛しいって気持ちばかりじゃない。時には憎くも腹立たしくもあったさ。シャカも多分な。おまえもそうだろうが?」

 吐き捨てるように言いながらも告げる意外なミロの言葉にムウは目を瞠った。

「それに、シャカが何の考えもなしでこんなことになったとは思わない。シャカなりの判断で結果、こうなったのだろう。だとしたら、それはシャカの問題だ。俺は後でシャカに問い質すまでだ」
「つまり私は問題外と?」
「眼中にない、ということさ。俺はシャカとの関係を維持するだけで手一杯。シャカもまた同じ。シャカが余所見している間に俺はホイホイ尻尾振ってどこぞの誰かを追っかけてしまうからな」

 云うべきことは告げたとばかりにミロは勢いよく踵を返し、ムウたちに背を向けて階段を降り始めた。

「……すごい自信ですね」

 呆れ顔になりながらも、ムウはミロの背にぶつけた。ミロは振り返りもせずに階段を降りていったが、一度止まって空を仰ぎ見ると叫んだ。

「自信だって?虚勢だよ、バーカ」

 そして再びずんずんと駆け下りていくミロをしばらく眺め、ムウはほんの少し頬を緩めた。「行きましょうか」と小さく呟いたムウはミロの後に続くようにシャカを抱えなおすと、再び処女宮へと歩みを進めた。奇しくも恋敵ともいえるミロの言葉によってムウは揺らぐ心を定めることができたのかもしれないと思う。
 ただ壊れ物のように大切にしまっておくだけならば、それはガラス張りのショーケースの中の陶器を眺めるようなもの。その陶器の感触や手に伝わる温かみなど決してわからない。落として割れることを恐れていては真の良さなどわからないのだろう。

「私は……あなたの心を揺るがすほどに、その心に触れたい――」

 両腕から伝わるシャカの温もりを感じながら、ムウはぽつりと呟いた。ただ互いを思いやって優しさの中で綺麗な心のまま、愛したい、愛されたいと願った。きっと、それが最善の愛なのだと思っていたから。
 けれども。
 それは間違っていたのかもしれない。ミロに中途半端だと指摘されたように。ただ純粋に真正直に己の心が求めるといえば、それはひどく醜くて身勝手で卑怯で最悪なもの。それでも望み、手にしたいと思うのならば、すべてを失う覚悟で臨まねばならないのかもしれない――と、ムウは微かに睫毛を震わしたシャカを見ながら思った。
 生暖かな風が十二宮の石畳を駆け上がっていくのを足元に感じながら、ムウは足を動かすと、長く続く階段を降り始めたのだった。



Fin.
作品名:Metronom 作家名:千珠