At one
あいつは本を大事にしてたから凄く扱いに五月蝿くて、漫画や雑誌がないって文句言ってその辺に本を放ったら凄い怒って、それでもこっそり俺が持ち込んだ漫画とか週間雑誌とかは文句言わずに綺麗に棚に並べといてくれて、
ああチクショウ本を湿気らせてもきっとあいつに怒られるっていうのに、 止まらない
何でかなあ
何で こんな簡単なことが分からなかったんだろうなあ
あいつが、あんな目で俺の話を聞いていたことくらい、分かってたじゃないか。
次の日俺は学校帰りにつよしの見舞いに行った。学校の知り合いも連れて行くと、あいつら散々騒くもんだから婦長さんにこっぴどく叱られた。
友人らは分かりやすくヘコんでいたが、その様子を見て逆につよしは可笑しそうに笑った。
怪我したときのものとは違う笑顔だ。
「お前、その笑い方のほうがいいな」
友人が帰って、二人きりになった病室で、そう切り出す。気まずいような、照れくさいような感じで、体中がむず痒かった。
「…何を言っているのでございますか」
ずきりと心臓に痛みが走る。そんなことお前に言われる筋合いないって、言うのか?
…ごめん、って謝りたくなった。腹なんて立たない、そんな気持ちになったのは初めてのことだ。
「これは、いつもツヨシの前でしている笑顔でございます」
「…!」
息を呑んだんだ。
それで、ついでにまた泣きそうになったのをこらえたんだ。
「どうしました、ツヨシ」
「…なんでもない」
こらえたのだけど、つよしが今度は確かに俺の手を握れていて、そこから何でも分かってしまったから我慢する必要なんてどこにもないんだと気づいた。
余りに繋がれた手から伝わる温度は僅かだったのだけど、俺の馬鹿みたいな意地を溶かすには充分な温度だった。
「帰ったら、色んな話をしよう」
お前が読んだ俺の知らない本の話や、俺の体験したお前の知らない遊びの話をしよう。
そうでなくっても二人の手はまるでどっかで境目がなくなっていたみたいに同じ温かさになっていて、話なんてしなくてもそこからつよしの全部が自然に流れてくるみたいだった。
「反対されたって、色んなところに二人で行こう」
そのとき俺は、つよしの考えてることを一言一句間違えずにノートに書き出すことだってきっとできた。
「今更だけど学校にだってもう行けるさ」
簡単なんだ、学校で習うことよりずっと簡単なことだったんだ。
「ツヨシがいますから、何処へだって行けるでございますよ」
簡単だったのです、思うよりも余程簡単なことだったのです。
互いの目を見て、ほんの少し微笑んだ。
それはいつも自分たちがやっていたことと何ら変わる事のない行為だった。
白い息が空気に散る。足音が鳴り響く。
あれから三年経って、つよしは学校に行くようになった。
何もかも空調で整備されたわけじゃない通学路を、送り迎えもなしにつよしはずっと俺と一緒に通った。
夏は夏服を着て(日焼け止めは欠かせなかったけど)冬は分厚いコートを着こんで、色んなことを話しながら学校に行って、本で読むのとは違う授業に四苦八苦しながら勉強して、へとへとになっても歩いて帰った。
俺は、それが嬉しくて仕方なかった。つよしが俺と一緒に居られることが楽しかった。
そして今現在、俺とつよしは半分ずつ同じ体を共有している。
「なあ、今日って何の日だっけ」
「特に何もないでございます」
誰が信じるか?
そんなことは問題じゃない。自分たちが未だに信じられてないこの事態、他人がどうこう言っても仕方ない。
「じゃあ、俺たちがこんな感じになってから何日だっけ」
「三百日と少しでございます」
手を繋いだだけでしばらくこうなって戻らないなんてさ。
数日前に参加したパーティにいた双子みたいなうさぎと猫の子は、俺たちは魂が半分しかないのだと言っていた。
そして俺とつよしはその半分ずつなんだと言っていた。
手を繋いだだけで一つの体になってしまうのは、普通より弱い魂の磨耗を防ぐために、一つになろうと惹かれあうのだそうだ。
そりゃあ体が一つになってしまうとか、いきなりそんなことになった日はびっくりもしたが、その話を聞いたときは逆に俺もその右側にいたつよしも大して驚かなかった。
だって、元々一つだったものが元に戻りたいって言ってるだけなんだろう?別に驚くようなことじゃないさ、そう言ったらパーティの司会をしていたその二人は目をまん丸にしていた。
それに元は一つだったんだって言われて俺たちは「ありがとう!」って言いたくなるくらいすっきりしたんだ。そうだ、一つの人間だったんだ。だから、名前も手のひらの広さもおんなじなんだよ。
厚手のコートを着て、深めに帽子を被る。
流石に左右違う髪と顔をしてちゃあ変に目立つから、くっついてる場合、外に出る時はこうやって顔を見られない格好をする。他人に対して滅多に後ろ暗いことのないつよしは、秘密の隠し事をしているようなその状態がいたく気に入ったようだった。
次第に左右の足音が完全に同調する。
通りで気になった店があって立ち止まる位置も同じ。
体を一つにした状態はいつもいつの間にか元に戻るのだけど、その体の離れた状態でだってそれはおなじだったんじゃないかと思う。
「そのうちさ、」
鉛色の空が、低く俺たちを見下ろしていた。
「はい」
「この境がいつの間にかなくなって、気がついたら一人の人間になってたりするのかもな」
「そうでございますね」
今はまだこうして会話もするけれど、そのうちそれすら要らなくなるかもしれない。
「…それでもさ」
「はい」
「大丈夫だよな」
ちっとも怖くなんかなかった。
"自分"をお互いに共有してるんだから、本当に一つになったとしてもそんなに今と変わらない。
きっと出会ったあの日までがおかしかったんだと呟いて、俺(僕)は両の手を繋いだ。
「はい」
あの日と、同じ温度だった。