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ウルトラマリン・ブルー

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「原石ともなれば他に不純物が入ってることも多いだろう、実際この子はあちこちに本来ラピスラズリを構成する成分ではないものまで付着している状態で、その全てを以って核として機能してる」
 つまり不純物まで含めてその全部が彼の核なんだよ、とアキマルは言う。
 じわじわと、心の奥底からいやな冷たいものが這ってきて、足を掴んだようだった。
「多分、矢が当たったときにその一部を落としてしまったんだ。どうしても、パーツが足りない」
 砕けた核の欠片は全部拾ってきたつもりだったのに、確かに今冷静になってタカヤの胸元を見ればあちこちが欠けていて、とても核と呼べる状態じゃなかった。
「今無理に治しても…ろくなことにはならない」
 ろくなこと、っていうのの内容をアキマルは話そうとしなかった。
「……っなら今からでも拾って、」
「無理だよ、ハルナ」
 眉間に深くしわを寄せたアキマルがどんな気持ちで言ったんだか俺には分からなかった。
 分かりたくもなかった。
「ちゃんと拾い集めたつもりなんだろう?それで見つけられなかったってことは、見た目に他の石とほとんど変わらないようにしか見えないものなんだよ
 それに、彼のマナが元々弱いこともあるんだろうけど今本体である彼が弱ってる以上、核の共鳴で探すのもまず無理だと言っていい」
「なら、」
 どうすれば、いいんだよ。
 搾り出した声はみっともないくらいに震えていて、何をそこまで俺は怯えているのだろうと思った。そりゃあパートナーを失うのは哀しい。自分が怪我をしたときに困るとか、そういう冷たいもんじゃなくて仲間を失うのはどうしようもなく嫌だし哀しい。
 でも俺はどんなときでもそれを恐ろしいだなんて思わなかった。こんなに怖いことだなんて、一度だって思ったことはなかった。
「どうすれば助かるんだよ!」
 目の奥が痛んだのに涙は出なかった。もし俺の涙石でタカヤの核が元通りになるなら、どんな思いをしてでも流してやろうとさえ思ったのに、それさえ意味がないなんて!
「……ひとつだけ、可能性がある」


 アキマルが言うには、逆に原石であるのなら綺麗に形を整えてやることによって珠魅として生き延びる可能性があるという。成功する確率は高くないし、成功したとしても核の一部を削り取ることになるわけだから、その後のタカヤは決して全く以前と同じ存在ではなくなるというのだ。
 お前のことを全部忘れてしまうかもしれないよ、とアキマルは言う。
 そしてこの子が意識を失くしている今おまえがそれを決めるんだよ、と続ける。
 そのどれもが絶望的だった。
 失敗したならタカヤは珠魅として死ぬことすらできない。もし助かったとしてそれはタカヤとは違うものになっているという。
 そしてこのまま放っておけば間違いなくこいつはゆっくりとしんでゆくのだ。
「少しだけ俺は部屋を出るから、決まったら呼んでくれ」
 勿論直ぐに決断できるならその方がいいに決まっていたけど、アキマルが部屋を出て行ってから荒い息を繰り返して強く目を瞑っているタカヤと二人きりになっても、俺はどうしても決めることができなかった。
「タカヤ、」
 ベッドの傍の椅子に座り、投げ出された右手を左手でとると、自分が意識していたよりもそれはずっと小さかった。
「どうして庇ったりしたんだよ」
 俺は傷ついても、お前に治してもらえればいいのに、どうして涙の流せない俺とふたりきりだったのにわざわざ身を挺して庇ったりしたんだよ。
 思えばお前はいつもいらんことしいで、世話やいてばっかりで、自分の方がずっと子供のくせにあんたの姫だからって背伸びして意地張ってかわいくなくて仕方なかった。
「タカヤ…」
 おまえの考えてることはちっとも分からなかった、だからいつも怒らせたり泣かせたりばっかで、
 おまえを俺に押し付けて両方を厄介払いしようとしたやつらのために何でお前が泣くのかなんて今でも分からないけど、きっとそれでも仲間のために泣ける泣き虫のおまえのことがきっとすきだったんだ。
 幼いてのひらから伸びた指を一本ずつなぞると、意識はないはずなのにタカヤの唇がゆっくりと俺の名前を呼んだ。
「もと、きさ…」
 奥歯を痛くなるくらいかみ締めて瞼が震えたのに、それでも涙一つ流せないのが悔しくて、その代わり短い髪の毛の生え際あたりをゆっくりと何度も撫でてやった。
 タカヤの閉じた瞼から一粒涙が流れて、ぼろぼろになった核が更にひび割れる音を聞いてようやく俺は立ち上がり、その瞼にひとつ唇を落とす。
「アキマル」
 返事は決まった。



















 何だか口をもごもごさせてハルナはそれを受け取った。
「これがタカヤの返事だって、なんだよソレ」
「その言葉の通りだよ、どうせ顔を合わせたって喧嘩しそうなんだもん」
 我侭なこの男はあわよくば連れてくるようにと考えていたようだけど俺はそこまで遠慮のない人間じゃない。彼は彼なりに幸せにやっているのだ、それを邪魔することはできないよ。
 ていうかどうせならお前の方が会いに行け!
「んだよ」
 ぶつぶつとなにやら文句を言いながらもハルナは大事そうに涙石を核に当てて、目を閉じる。
 共鳴にも似た小さな音が鳴って、柔らかな光を放つとすぐに涙石は消えてしまう。その代わりにハルナの核が一層輝きを増したようだった。
「……」
 俯いてしばらく何も言わないハルナに、俺は物珍しいものを見る眼でしばらくその様子を眺めてしまう。
「どう?」
 なにか、分かった?
「いんや、別に」
 あんまり軽く言い放つものだから、がくっと気が抜けてそれこそ俺の方がなんだよ!と思わず怒鳴った。何かこう…もっとあるだろう!
「ねーよ、んなもん!」
 怒鳴るとその倍大きな声で怒鳴り返す癖はどうにかした方がいいとつくづく思う。
 まったく、本当にこいつは。
「はあ…タカヤくんも何でこんなやつと組んでたんだか」
 そしてどうして今もちゃんとこいつのことなんて想ってくれているのか、なんて
 ハルナの核の奥にあったほんの小さな傷がすぐさっき消えたのに気付いたからそれ以上口には出せなかった。